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 2023年3月はWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)開催&優勝(世界一)とあり、日本代表監督を務めた栗山英樹さんに注目が集まっています!

侍ジャパントップチームの栗山監督(第5回WBC大会, 2023)画像出典:首相官邸HP
侍ジャパントップチームの栗山監督(第5回WBC大会, 2023)
画像出典:首相官邸HP

なんか栗山監督って体育会系のプロ野球監督なのに、どこか謙虚な姿勢があふれ出ていますよね。

例をあげれば、日本ハム監督時代から「おれの責任」「おれのせい」「おれが悪い」などの口グセが知られています。かつて日本一にも輝いた名将の信念のよりどころに加えて、大谷翔平選手との関係も深堀りしてみます!

栗山監督は、渋沢栄一と『論語と算盤』の知名度を高めた功労者

 栗山監督の座右の書と知られているのが、『論語と算盤(ろんごとそろばん)』です。この本は、主に明治時代に活躍した偉人・渋沢栄一(しぶさわえいいち)の講演録です。

渋沢栄一の肖像(深谷市所蔵)
渋沢栄一の肖像(深谷市所蔵)

来年の2024年から流通する新1万円札の肖像は、2019年に渋沢栄一その人に決まりました。ところが、それまで渋沢栄一翁や『論語と算盤』の知名度って、実はそれほど高く無かったのです。

新一万円札(渋沢栄一の肖像)
新一万円券(表)のイメージ
画像出典:財務省

… その知名度を高めたのは、なんと栗山監督の貢献が大きいと言われています。

日本ハムの選手たちに『論語と算盤』を渡した理由

 栗山監督は2012年度から、北海道日本ハムファイターズの監督に就任しました。

同年のドラフト1位指名で入団した大谷翔平選手は、2年目をむかえた春に栗山監督から本を読むように勧められ、『論語と算盤』手渡されています。

… この事がメディア上で大きく話題になり、『論語と算盤』が広く知られるきっかけになったのです。


栗山監督は本を配る理由を、下記のように説明しています。

◆ なぜ『論語と算盤』を渡すのか

栗山「僕が選手たちに『論語と算盤』を配るのは、野球人としての成功はもとより、それ以上に人間としての成功を掴み取ってほしいと願うからでもあるんです。」

出典:資料④月刊誌 致知(2022年3月号「特集 渋沢栄一に学ぶ人間学」より)


もちろん、大谷選手だけに本を渡していたのではありません。新人選手を中心に、全員へ本を配るのがすっかり定着していたようです。

栗山監督はただ本を渡していただけではなく、「あれ読んだか?」とコミュニケーションのきっかけにしたり、ミーティングの題材として『論語と算盤』を取り上げていたとも言っています。その根幹にあるのが、上記の「人間としての成功を掴み取ってほしい」という想いからだったんですね。


 しかし、『論語と算盤』とプロ野球の成功に何の関係があるんだ?と思われる方も多いかと思います。その点について、下記のコメントを引用します。

◆ 『論語と算盤』とプロ野球における成功論

栗山「プロ野球の世界って、チームが勝たなくても自分の成績が良かったら、給料が上がってしまうんです。組織としたら、自分勝手にやられたりしたら、最悪なんですよね。

そのお金(儲け)に対しても、「論語」を通してできるんだと。これ(「論語」でお金儲けができるならば、野球で成功することもできる)が、自分の中では大きくて、そうですよね!渋沢さん!そうでなきゃマズイっすよね!と単純に思いました。」

出典:資料③「論語とそろばん」セミナー2021, 資料②寺子屋ファイターズ「論語と算盤(2)」より補足
画像出典:資料②寺子屋ファイターズ(動画 9:05~
※クリックで拡大


栗山監督は、プロ野球での現役生活を通して人間的な成功を掴んで欲しい!と熱望していました。しかし、プロ野球で活躍できる選手はごくわずかですよね。

個人事業主のプロ野球選手と言えども、個人個人が自分勝手ではチームが勝てなくなります。そこで栗山監督は『論語と算盤』の考え方は、プロ野球でも応用できるんだと力説しています。

… 大胆な発想ですが、渋沢栄一は実際に「論語」でお金儲けしてきた偉人です。その根底の考え方を応用すれば、選手は人間的に成長するしチームも強くなると、栗山監督は考えたのです。

参考資料①~④

 先ほどから引用している資料は、手元にある書籍や動画などから引用しております。4点のみになりますが、参考までに時系列順にして紹介します。

資料① 育てる力(2018年, 書籍)

 栗山監督の著作は何冊か出版されていますが、飛鳥山にある渋沢史料館で扱う唯一の書籍がこちらとなります。大谷選手が手元から離れ、MLBへ移籍した1年目にあたる2018年4月に出版されました。

資料② 寺子屋ファイターズ「論語と算盤(1)(2)」(2020年, YouTube動画)

 未曽有のコロナ過に直面した2020年3月より、栗山監督自ら子供たちに向けて熱弁をふるった全16回のYouTube動画シリーズです。

下記に、動画の一覧表も添付いたします。第1回~2回の「論語」と、第9回~第10回の『論語と算盤』に注目ですね。

寺子屋ファイターズ動画一覧
整理番号 タイトル(リンク付き) 収録 公開日
1 論語① 監督室 2020年3月5日
2 論語② 2020年3月6日
3 易経① 2020年3月19日
4 易経② 2020年3月20日
5 自助論① 2020年3月29日
6 自助論② 2020年3月30日
7 孫子の兵法① 2020年4月5日
8 孫子の兵法② 2020年4月6日
9 論語と算盤① 2020年4月12日
10 論語と算盤② 2020年4月13日
11 寺子屋とは① 栗の樹ファーム 2020年4月25日
12 寺子屋とは② 2020年4月26日
13 実語教① 2020年5月16日
14 実語教② 2020年5月17日
15 童子教 2020年5月23日
16 三字経 2020年5月30日

… こちらは「寺子屋」とタイトルにあるように子供向けですが、栗山監督の人柄や思想がよく表れているので一見の価値ありますよ!

資料③ 「論語とそろばん」セミナー2021(2021年, 有料の動画配信)

画像出典:渋沢記念財団HPより(赤の破線を追記)
※クリックで拡大

 こちらは2021年開催のオンラインセミナーで、期間限定での配信は終了しています。コロナ過前は会場でのセミナー形式でしたが、この年よりオンラインに切り替わりました。

栗山監督は「経営者インタビュー / プロ野球に活かす渋沢栄一の教え」で約60分のインタビューに応じました。
インタビュー内容の項目を下記に抜粋いたします。

  • 栗山監督と渋沢栄一の出会い
  • 「論語と算盤」を選手に読ませる理由
  • 勝てるチームになるために大切なこと
  • 栗山監督が思う「渋沢論」
  • 慈善・社会事業家としての渋沢栄一
  • 金儲け主義は悪か?
  • 日ハム選手は「論語と算盤」をどう読む?
  • 栗山監督の野球での「論語と算盤」の実践
  • 渋沢栄一はどう生きたか
  • プロ野球に活かす渋沢栄一の教え
  • 締めの一言


ベストセラー「現代語訳 論語と算盤」著者の守屋淳先生がインタビュアーを務め、栗山監督と渋沢史料館井上館長らとの貴重な鼎談となりました。
※引用は私が書き起こしていたメモを基にしています

資料④ 月刊誌 致知「特集 渋沢栄一に学ぶ人間学」(2022年, 月刊誌)

画像出典:致知出版社HP
(定期購読はこちらから


 最後に「月刊誌 致知」の渋沢栄一特集から、栗山監督と安岡貞子先生の対談記事からとなります。安岡貞子先生は、戦前・戦後の政財界で指南役と言われた安岡正篤のお孫さんの方です。数年前の「論語」ブーム火付け役とも言われている方でもあります。


もちろん栗山監督は、父の安岡正篤の本を何冊も読んでいるし、お二人は「論語」繋がりという事で話も弾みます。2021年12月に侍ジャパントップチーム監督に就任した後だけに、注目の対談となりました。

… ちなみにこの「月刊誌 致知」は書店で販売していません。公式サイトで定期購読を求めるか、ネットで中古品を探してみると入手できるかと思います。

プロ野球監督として『論語と算盤』を活かす

 前章にて、なぜ栗山監督が『論語と算盤』を選手に配ったかが、お分かりいただけたと思います。
ここからは、栗山監督の経歴を『論語と算盤』にまつわる動向と一緒に見ていきましょう。

「論語」や『論語と算盤』をかんたんに説明

 その前に少しだけ「論語」や『論語と算盤』の説明をさせてください。その後、栗山監督の話に戻していきます。

先ずは、現在からなんと約2500年前の中国で活躍した、聖人孔子と「論語」についてです。

◆「孔子(こうし)」とは

・ 中国、春秋時代の学者・思想家。
・ 紀元前551年~479年没(司馬遷『史記』の記述)
・ 弟子の編纂(へんさん)になる言行録「論語」がある。

孔子のイラスト


◆「論語(ろんご)」とは

・中国の孔子の思想がまとめられ、「儒教」の代表的な経典とされる
・散乱した孔子の言行を、孫弟子が集めて編集したと考えられている
・孔子の没(紀元前479年)から約700年後に現在の『論語』が定まった
・内容は孔子とその門弟や時の為政者などとの問答が中心
・日本には3世紀ごろに伝わったとも言われ、最も影響力のあった漢学の書とされる
・「西のバイブル、東の論語」と評する人もいる

出典:デジタル大辞泉などから


… 学校で習った気がするけど、実際にどんな事言ってたっけ?となるのが「論語」ではないでしょうか。笑

「論語」で中核になる思想は「仁(じん)」です。栗山監督は前述の寺子屋ファイターズ動画(第2回)内においても、「仁」とは思いやりや優しい心だと説明していますね。

孔子は「仁」に基づいた政治をするよう、為政者に働きかけた人です。しかし夢は叶わず、晩年は後進の指導にあたりました。
(「論語」についての詳細は、弊ブログ記事のこちらをご覧ください。)


 この「論語」の教えを実業(ビジネス, お金儲け)でも応用できると考えたのが、偉人・渋沢栄一となります。
その人となりや、思想について見てみましょう。

◆ 「渋沢栄一(しぶさわえいいち)とは

・1840年(天保11年)2月13日に現在の埼玉県深谷市生まれる
・半農半商の裕福な家庭で育つが大きく5回の転身を繰り返す
・①農民 / 商人 → ②尊王攘夷の志士 → ③一橋家の家来 → ④明治政府で官僚 → ➄実業家
・生涯で約480社もの企業設立に関わり「日本近代資本主義の父」と称される
・篤志家としての顔も持ち、約600以上の教育・社会公共事業の支援もした
・実業家引退後は民間外交にも尽力
・日本資本主義への功績が評価され、2024年度より発行の新一万円札の肖像に選定される

渋沢栄一のイラスト


◆『論語と算盤(ろんごとそろばん)』とは

・1916年(大正5年)に初版が刊行された書籍
・晩年の渋沢栄一は多くの講演をしており、その口述筆記も多く残されている
・その講演録から梶山彬(詳細不明)が編纂
「富は正しい道理でなければ永続できぬ」という自らの主義に『論語と算盤』を重ね合わせる
・元々はこの書籍のタイトルであるが、渋沢栄一の主義や代名詞としても広く知られるようになる
・他に『道徳経済合一説』も知られており、こちらは最晩年の別講演となる(音源アリ)

参照:「渋沢栄一記念財団 情報資源センター 66 『論語と算盤』の源流を探る」など


私も「日本の商道徳」の系譜を調べている際、この渋沢栄一を知ってからファンとなったクチです。歴史上の偉人として知名度はありましたが、一般的にそこまで知られた人物では無かったのは確かでしょう。

… 前述したとおり、渋沢栄一と『論語と算盤』を一般に広く知らしめたのは、栗山監督の功績が大きいのです。
(『論語と算盤』についての詳細は、弊ブログ記事のこちらをご覧ください。)


 渋沢栄一は、仁政を施すことを夢見た孔子の「論語」を、実業(ビジネス, お金儲け)にまで昇華させました。
そして、栗山監督は「論語」が実業に応用できるならば、野球にだって応用できるんだ!という発想に至ります。

 

【論語篇 / 渋沢栄一との出会い】学生時代から引退後の活動まで

 さてさて、栗山監督はどこでどのように『論語と算盤』と出会ったのでしょうか?

そんな下地を醸成する期間を、前半の【論語篇】といたしましょう。先ずは学生からプロ野球選手時代をささっと振り返ります。


 プロ入り前の学歴・球歴としては、創価高校から東京学芸大学の教育学部を卒業しています。教育免許も取得するかたわら野球にも熱心に取り組み、教員ではなくプロ野球の道へ。

ドラフト外で入団したヤクルトスワローズでは、通算7年間でゴールデングラブ賞(1989年)を獲得するなど活躍しましたが、メニエール病や怪我のために29歳(1990年)で現役引退を決意します。

栗山監督と『論語と算盤』の出会い

 現役引退後は野球解説者やスポーツキャスターを務めながら、2004年には43歳で白鷗大学の助教授(2008年から教授)に就任するなど、活躍の場を広げていきました。

… 『論語と算盤』とはこの頃に出会ったようで、栗山監督は次のように述べています。

◆ 栗山監督と『論語と算盤』の出会い

安岡「栗山さんは、もともとどういうきっかけで『論語と算盤』を読むようになられたのですか。」
栗山「まだ日ハムの監督になる前、四十代で白鷗大学の教壇に立つようになった頃だと思います。(中略)世の中で活躍している人の愛読書が新聞に紹介されていて、『論語と算盤』を挙げていた方が結構いらしたんです。」

出典:資料④月刊誌 致知(2022年3月号「特集 渋沢栄一に学ぶ人間学」より)


他の資料から補足すると、ここで栗山監督が言及した「世の中で活躍している人」とは、ビジネス界の経営者の方が中心となります。

そして、プロ野球を引退後はスポーツキャスターなどの仕事と並行しながら、この時期に「論語」などの東洋古典を含めた多くの本を乱読していたと語っています。

… 「論語」などの古典の素地を整えた後に『論語と算盤』と出会ったのは、偶然ではなく必然的な流れなのでしょう。

『論語と算盤』で逆境を乗り越える

 実は『論語と算盤』は、世の中が逆境時になるほど注目を集める性質があります。前述の渋沢栄一の略歴に記したように、大きく5回の転身を繰り返した人で、常に逆境とも言える波乱の人生でした。

… このような背景からも、栗山監督が多くの経営者の座右の書になっていた事を発見したのは、おそらくリーマンショック(2008年)後ではないでしょうか?
連鎖的な金融不安が広がり、心のよりどころとして『論語と算盤』の教えを見直そうとする機運が高まったと考えても、そう不自然では無いはずです。

しかしながら、先ほど紹介した『論語と算盤(角川ソフィア文庫)』は漢文調の文体で、少々読み難いものがありました。

そんな声もあり、2010年に『現代語訳 論語と算盤』が発行されます。

現代語訳版の著者は守屋淳先生で、資料③で栗山監督のインタビュアーを務めた方です。渋沢栄一が新一万円札の肖像に決まった2019年辺りから爆発的に売れ出して、大ベストセラーになりました。
(2023年3月現在で60万部の帯が付いていますね。)


資料②の寺子屋ファイターズ動画内でも、読みやすい『論語と算盤』が求められていたという背景が語られています。

画像出典:資料②寺子屋ファイターズ(動画 4:53~
※クリックで拡大

この現代語訳が刊行され、経営者の方々にも広く読まれるようになり、栗山監督が知ることになった… という流れなのかなと思います。

… こうして栗山監督は『論語と算盤』と出会いますが、二度目の出会いは北海道日本ハムファイターズ監督に就任してからの、まさに逆境に陥った時になります。(後述)

【+算盤篇 / 大谷翔平との出会い】日本ハム~侍ジャパントップチーム監督として

 ではでは、栗山監督はプロ野球の世界でどのように『論語と算盤』を活用したのでしょうか?

北海道日本ハムファイターズから侍ジャパントップチームの監督に至るまでの期間を、後半の【+算盤篇】といたします。大谷選手とのやり取りも注目ですね!

栗山監督の出会いの連鎖(『論語と算盤』の次は『大谷翔平』)

 現役引退後、栗山監督は人生の座右の書と言える本に出会いました。その後、またも運命的な出会いを果たすことになります。

… そうです、あの『大谷翔平』選手です。

◆ 『大谷翔平』との運命的な出会い

初めて翔平に会ったのは、私が「熱闘甲子園」のキャスターをしていた2011年。震災直後の2011年4月に翔平にインタビューする機会を得たのだ。
(中略)
 震災で大きな被害に遭った気仙沼向洋高校を追いかけていた私は、その野球部とともに練習試合の相手校である花巻東を訪れ、翔平のピッチングに間近で触れた。度肝を抜かれた。ただ声を失った。」

出典:資料①「育てる力」宝島社(P.30より)


世界的な野球界のスーパースターに上り詰めた大谷選手に関して、もう細かい説明は不要でしょう。高校時代から二刀流(Two-way player)として活躍し、日本プロ野球界からアメリカ大リーグへと羽ばたいた偉大な選手ですよね。


 話を大谷選手の高校時代に戻します。高卒から直接アメリカ大リーグ挑戦を表明していましたが、2012年ドラフト会議で北海道日本ハムファイターズより1位指名を受けました。

この年の栗山監督に目を向けると、同監督に就任した1年目でリーグ優勝を果たし、その年のドラフトで大谷選手を指名したという流れとなります。

(入団までの経緯などは省きます)
そして、プロ野球選手となった大谷選手へ、栗山監督が『論語と算盤』を手渡す日が訪れました。

◆ 大谷選手へ『論語と算盤』が手渡される

彼が入団して2年目の春、私は渋沢栄一の『論語と算盤』を手渡している
(中略)
 19歳の青年に、それもプロ野球選手に、『論語と算盤』はそぐわないかもしれない。しかし、監督という立場でも、野球という夢に生きる一人の人間としても、私が心の拠り所としている1冊の本を、チームのエースを目指してボールを投げ込む彼にも読んで欲しかった。いつの日かメジャーへ旅立つためにも、この本にある訓言は必ず役に立つと信念を持っていた。」

出典:資料①「育てる力」宝島社(P.34~35より)


 記事の冒頭で述べたように、この件がメディアで大きな話題になり『論語と算盤』が広く知られるようになりました。

… ここまでで、話が入り組んできて混乱する方もいらっしゃるかと思いますので、時系列を踏まえた年表としてまとめました。
(左から「社会情勢」「栗山監督」「大谷選手」と列を並べたので、下のスクロールバーを動かしてください)

社会情勢 栗山監督 大谷選手
2008年 9月にリーマンショック 47歳 (1990年に引退後はキャスターや大学教員へ) 14歳  
2009年   48歳   15歳  
2010年 現代語訳 論語と算盤」が発刊される 49歳   16歳 花巻東高校入学
2011年 3月に東日本大震災 50歳 来期より日本ハム監督就任 17歳 栗山監督と初対面,
夏の甲子園出場
2012年   51歳 パ・リーグ1位 18歳
春のセンバツ大会出場,
ドラフト会議で日本ハムから1位指名
2013年   52歳 6位, 再び「論語と算盤」を手に取る 19歳 NPB 1年目
2014年   53歳 3位 20歳 栗山監督から「論語と算盤」を手渡される
2015年   54歳 2位 21歳  
2016年   55歳 1位, 日本シリーズ優勝 22歳 パ・リーグ MVP
2017年   56歳 5位 23歳 ポスティングシステムで MLB へ移籍
2018年   57歳 3位 24歳 MLB 1年目
2019年 渋沢栄一が新1万円札の肖像に決定 58歳 5位 25歳  
2020年 パンデミックによるコロナ過 59歳 5位 26歳  
2021年 NHK大河ドラマ「青天を衝け」放送 60歳 5位, 今季で退任
侍ジャパントップチーム監督就任
27歳 ア・リーグ MVP
2022年   61歳   28歳 WBC 出場を表明
2023年 第5回 WBC開催, 優勝! 62歳 WBC優勝監督に 29歳 WBC MVP, ア・リーグMVP
2024年 新1万円札の流通開始 63歳   30歳  


このように年表で眺めてみると、『論語と算盤(黄色線)』が大谷選手へ渡されるまでの過程がよく分かりますね。

大谷選手が読んだ本は『論語と算盤』だけではない?!

 ついに大谷選手に手渡された『論語と算盤』ですが、その後読まれたのか?と気になるところです。その点について、栗山監督はこのように語っています。

◆ 『論語と算盤』に触れた大谷選手の反応

「翔平に『論語と算盤』を手渡し、数か月後に「どうだった?」と聞くと、彼は正直に「んー。難しかったっす!」と言った。これまで読んだことのない明治の人の教え諭す言葉が、すんなりとは腑に落ちるはずがない。
 しかしその後、目標達成シートに『論語と算盤』を読むと書き込んだ。監督から手渡された本を端から理解できなかったことが悔しかったのだ。
(中略)
大谷翔平が『論語と算盤』を持ってMLBへ旅立ったことが、掛け値なしで嬉しい。」

出典:資料①「育てる力」宝島社(P.70~71より)


大谷選手が高校時代に記した「目標達成シート」も当時話題になりました。目標を中心に据えた9マス×9個のマンダラ風の表の事で、プロ入り後も活用していたようですね。

栗山監督は他にも色々と本を薦めていたようで、大谷選手がメジャーへ移籍する際にどんな本を読んでいたか、自宅の写真を撮ってもらったそうです。

画像出典:資料②寺子屋ファイターズ(大谷選手が読んでいた本を紹介する栗山監督)
画像出典:資料②寺子屋ファイターズ(動画 3:30~
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動画内で栗山監督が手にしていた書籍の中に、『論語と算盤』の角川ソフィア版もありましたね。


他には、筋肉や栄養学の本が写っていたそうですが、栗山監督が薦めた本を自分で買って読んでいたようですね。

さらには、鎌ヶ谷にある大谷選手のロッカーにも本が置いてあったそうです。読書にもしっかりと向き合っていた事が伝わってくる、大谷選手のエピソードでした。

栗山監督はプロ野球でどのように『論語と算盤』を活かしたのか

 『論語と算盤』を取り巻く社会情勢と共に、栗山監督から大谷選手へ本が手渡されるまでを見てきました。最後に、栗山監督がプロ野球でどのように『論語と算盤』を活かしてきたか?を見てみましょう。

まずは、先ほどの年表の栗山監督欄をよく見てみると、監督就任1年目の2012年はパ・リーグ優勝していますが、翌年の2013年には一転して最下位に沈んでしまいまっていますね。

… 栗山監督曰く、これが相当打ちのめされたようで、かなりの逆境に陥っていたようです。そのような状況下で、栗山監督が手にしたのが『論語と算盤』でした。

◆ 栗山監督と『論語と算盤』の真の出会い

「私と『論語と算盤』の真の出会いは、その後に訪れる。2013年のシーズンを最下位で終えた私は、自分の弱さ、至らなさに顔を上げられないまでになり、野球と生きるための教えを求めたのだった。
(中略)
経済新聞の特集で幾人かの企業家たちが推薦の書としてあげていた『論語と算盤』を再び手に取った
一気に読み終えた数時間後、私は体の中に突風が吹いていることを感じたのだ。
(中略)
貫かれているのは、人間としていかに生きるか、という魂だ。彼は、自分の人生を紐解いては、「人は人のために尽くすことこそが、道である」と言い切るのである。
本質が古びることはない。普遍は朽ちることはない。
私は、二度と『論語と算盤』を手放さないだろうと思っていた。」

出典:資料①「育てる力」宝島社(P.104~105より)


『論語と算盤』は渋沢栄一の講演録と前述しましたが、渋沢栄一自身が幾度もの逆境を克服してきた人です。その逆境を打ち破るために、自分勝手な振る舞いなんてしない人物でした。「正しい道」を求めるなら、最適な人物です。

… そんな渋沢栄一の講演録である『論語と算盤』を、逆境に陥ってしまった栗山監督が再び手に取り「真の出会い」と言っているのが興味深いですよね。

大げさにも聞こえる「体の中に突風が吹いた」というくだりは、『論語と算盤』の全編に通じた「人は人のために尽くすことこそが道」というエッセンスが腹に落ちた瞬間だったのでしょう!

 また、栗山監督はよくメディアで「野球は無私道(むしどう)なり」と、昭和初期の飛田穂洲(とびたすいしゅう)の言葉を口にします。こちらも『論語と算盤』のエッセンスとの親和性を感じますよね。

大意としては、野球というスポーツは選手各々が自分勝手な振る舞いをしていてはチームが勝てないんだと説いています。指導者として栗山監督の野球観の中心にあるのは、恐らくこの「無私道」のはずです。

その視点から、人格形成を含めた選手の「育成」を通して、チーム作りに繋げているのでしょう。

◆ 育てることは勝つこと

栗山「チームにとってルールは一つしかない。それは選手にとって良いのか悪いのかって、判断基準しかない

育てるのと勝つのって、どうなんですか?ってよく聞かれるんですが、僕は一致していると思っている。選手のためにやれば勝ちやすくなっていて、組織にとって一番良い事になるんだという一本ラインしか無いので、そこで迷う事は無いんですね。

勝ちたかったら、もっと選手のために尽くせ、適材適所にもっていけ。それが僕の感覚だと、渋沢さんの言っている適材適所なんですよね。」

出典:資料③「論語とそろばん」セミナー2021


栗山監督がプロ野球指導者として、『論語と算盤』をどのように活かしたかというと、この「育成」に尽きるはずです。

先ほどの『論語と算盤』のエッセンスである「人は人のために尽くすことこそが道」が身に付けば、野球人としての成功はもとより、それ以上に人間としての成功を掴み取れる …そんな選手の集まるチームが弱いはずがありません。


渋沢栄一は「論語」を大胆に解釈して、実業(ビジネス, お金儲け)でも応用できると実践して、講演集である『論語と算盤』に昇華させました。栗山監督もまた、『論語と算盤』を大胆に解釈して野球でも応用できると、実際に日本一にチームを導いた名将となりました。

… そして、2023年第5回WBC大会の優勝チームとなり、ついに世界一の監督になりました!ある意味『論語と算盤』を活用した、最高のお手本になりましたよね。


本当に最高の瞬間でした!栗山監督、ありがとうございました!!





【おまけの追伸コーナー(二次会)】

 ついつい 約12,000字超えになってしまったので、最後まで読んでいただいた方限定のおまけコーナーです。(汗

… この記事を書き終えて思ったのは、栗山監督が試合に負けたら「おれの責任」「おれのせい」「おれが悪い」と、口に出るのもよく分かる気がしてきました。笑 これって、栗山監督は自らも「無私道」を貫いているからのようですね。

他にも大谷選手がMLBへ移籍する際に、「大谷を育てたのではない、むしろ私が、育てられたのだ※」と言い切ってしまうように、どこまでもプロ野球の監督っぽくない方という印象が残った次第です。
※出典:資料①「育てる力」宝島社(P.22より)


 あと私が2カ月ぐらい調べてる最中に思っていたのは、栗山監督って資料④でも紹介した「月刊誌 致知」の影響が強いのかなと思うんですよね。引退後にスポーツキャスターしながら、東洋の古典を中心に色々と乱読しまくったと、様々なメディアで発言していたりします。「月刊誌 致知」を年間購読もしていても、全然不思議では無いです。

ビジネス経営者の方が気になって、その方のおススメ本をチェックして『論語と算盤』を知ったくだりからも、自然な流れに感じます。

… それに大谷選手が読んでいた本を、栗山監督に写真に撮って送るくだりがあったじゃないですか。自分で買っていたという。なんか、あのラインナップを見てると、大谷選手もその系譜から読書をしてたんじゃないのかな~と想像する次第であります。(私の感じるところで、想像ですよ)


 3月22日の決勝戦ゲームセットのタイミングで、この記事をUPしました。試合後のセレモニーやシャンパンファイトを見届けて、渋沢栄一翁のお墓参り(東京都谷中霊園内)をしてきました。

ちょうどこの日は、東京都が桜の満開も宣言したタイミングでもありました。墓前で『論語と算盤』の実践者である栗山監督が「野球で世界一になりましたよ~」と、お知らせしておきました。

第5回WBC優勝当日の渋沢家墓所と桜の様子
※クリックで拡大


そんなところで、今回はこの辺で!