最近よく「渋沢栄一」って名前聞くけど、一緒に語られる『論語と算盤(そろばん)』って何?って思う方も多いと聞きます。

新一万円札の肖像への採用や、2021年NHK大河ドラマ『青天を衝け』の主題になったとはいえ、これまで一般的な知名度もあまり高く無かったので、ちょっと戸惑いますよね。笑


この記事では、興味を持った方が「渋沢栄一」と『論語と算盤』について、自らも触れらるよう良き案内役になれたら幸いです。

先ずは「渋沢栄一」について

 いきなり『論語と算盤』の内容に入る前に、偉人「渋沢栄一」はどんな人物なのか?ということや、
新一万円札の肖像やNHK大河ドラマの主題に選定された背景に触れながら、本題に入っていこうかと思います。

新一万円札の肖像「渋沢栄一」とはどんな人?

 渋沢栄一は、江戸時代の後期(1840年 / 天保11年)に現在の埼玉県深谷市に生まれ、 激動の明治時代から昭和初期までを駆け抜けた日本の偉人です。

渋沢栄一の肖像(深谷市所蔵)
渋沢栄一
画像出典:肖像, 深谷市所蔵

「日本近代資本主義の父」と称されたように、生涯で約480社もの企業の設立に関わった事が広く知られています。

また、並行して約600以上の教育・社会公共事業の支援や、実業界の引退後には民間外交にも尽力した功績などから、「子爵(ししゃく, 中国や近代日本で用いられた名誉的な位)」を授けられました。

新一万円札(渋沢栄一の肖像)
新一万円券(表)のイメージ
画像出典:財務省

2024年度上半期より発行される新一万円札の肖像に選ばれたことで、注目度が高くなり、

「日本の資本主義の発展への功績が極めて大きい」

と、麻生副総理(2019年当時)が選定理由を述べていることからも、その貢献度の大きさが伝わってきますね。

2021年大河ドラマ『青天を衝け』で描かれる? 渋沢栄一と「論語」との出会い

 渋沢栄一は「経済の人」というイメージを持たれたと思います。しかし(意外にも?)出自は裕福な農家の生まれです。


農業の他に、藍玉の製品化や養蚕など手を広げながら、みずからも信州や上州で販売も行っていたため、地域で指折りの豪農になっていました。

幼少時の栄一は父につきながら商売(藍葉の買い付けや藍玉の販売)の妙を覚え、なんとこの頃には一人で大人顔負けの商いを行っていたそうです。笑

生誕の地「中の家(なかんち)」と「若き日の栄一像」
埼玉県深谷市の生家「中の家(なかんち)」と「若き日の栄一像」
※クリックで拡大

そして、この幼少期に家業と共に学問(漢学)や武道にのめり込んだと言われています。

元々、学問は父に教わっており、その後は知識人であった従兄の尾高純忠(おだかじゅんちゅう)に引き継がれて「論語(後述します)」などに取り組むようになりました。


… 2021年NHK大河ドラマ『青天を衝け』は、栄一の幼少時代から描かれるそうなので、尾高純忠に師事して「論語」を学ぶシーンなどがあるかもしれませんね!

本題『論語と算盤』について

 簡単に渋沢栄一がどんな人かに触れてきましたが、ここから本題『論語と算盤』についての説明に入ります。

『論語と算盤』の概要、各章の見どころや気になる箇所などをまとめたので、ご覧ください。

『論語と算盤』とは? その由来や概要など

 渋沢栄一の人物紹介だけでかなりハードルが上がった感はありますが、まぁ特に問題は無いはずです。

過去の記事で私が『論語と算盤』に触れたきっかけに触れていまして、実は「日本の商道徳」の系譜を調べている際に到達した書物なんですね。


… 以前、私が疑問に思っていた「売り手は何をしても良いのか?」というテーマに対して、『論語と算盤』は明確な回答を示してくれました。

というわけで(?)、多少ハードルが上がっても大丈夫かと思います!笑



ではでは、概要から箇条書きにて見ていきましょう。

◆ 書籍『論語と算盤(そろばん)』の概要

・1916年(大正5年)に初版が刊行された書籍
・晩年の渋沢栄一は多くの講演をしており、その口述筆記も多く残されている
・その講演録から梶山彬(詳細不明)が編纂
テーマごとに「十章 九十篇」にまとめる
・多くは晩年のものと考えられている

渋沢栄一のイラスト

・書籍のタイトルは70歳時に送られた画帳の中にあった1枚の絵から
・絵には「論語の本とそろばん」「シルクハットと朱色鞘の刀」が描かれている
・学者の三島中州(名は毅,  現在の二松學舍大学を創立)がその絵に注目して「面白い」と指摘

「富は正しい道理でなければ永続できぬ」という自らの主義に『論語と算盤』を重ね合わせる
・元々は書籍のタイトルであり、その後は渋沢栄一の主義や代名詞としても広く知られるようになる
・他に『道徳経済合一説』も知られており、こちらは最晩年の別講演となる(音源アリ)

算盤のイラスト

参照:「渋沢栄一記念財団 情報資源センター 66 『論語と算盤』の源流を探る」など

『論語と算盤』は渋沢栄一が執筆した書籍と思う方も多いでしょう。実は梶山彬という編集者が多くの講演録から、各テーマ(十章)ごとにまとめたものとなります。


渋沢栄一は若き日に訪れた欧州を見習い「日本近代資本主義」の基盤を整備しました。

そして、日本の商業は道徳面がまだまだ未整備だった状況から、晩年の各講演にて「富は正しい道理でなければ永続できぬ」と語気を強めて主張しています。


上記の表現としては、他に……

  • 「士魂商才(しこんしょうさい)」
  • 「義理合一(ぎりごういつ)」
  • 「仁義と殖利(じんぎとしょくり)」
  • 「道義と金銭(どうぎときんせん)」
  • 「仁義王道と貨殖富貴(じんぎおうどうとかしょくふき)」etc.

とも本書で述べています。

しかし、本書のタイトルである『論語と算盤』が最も秀逸で、どこか言い得て妙なセンスの良さを感じる次第です。



あと、こちらの動画もご参照ください。

ベストセラー「現代語訳 論語と算盤(ちくま新書)」訳者である屋淳先生の、約10分(9:42)の解説動画となります。
※「歯車マーク」から最大2倍速まで対応してるので、倍速もおススメです


動画内で守屋淳先生が「論語(大義・道徳)」と「算盤(経済・ビジネス)」の対比を解説(4:21~)されています。

その中の「自分たちの利益だけを考えがち」という箇所が、日本経済発展の落とし穴になっていた!ということですね。



… 私はここが本書『論語と算盤』の一番の要点になるかと思います。

『論語と算盤』全十章と「角川ソフィア文庫, ちくま新書」の違いなど

 ここからは本編の全十章を「角川ソフィア文庫とちくま新書」の違いを交えて説明いたします。


各章のタイトルと、「A. 文庫」と「B. 新書」の差分も合わせて表記しましたので、こちらもご参照ください。

 『論語と算盤』A. 角川ソフィア文庫B. ちくま新書割合
処世と信条11篇9篇81.90%
立志と学問10篇6篇60.00%
常識と習慣10篇6篇60.00%
仁義と富貴9篇5篇55.56%
理想と迷信11篇5篇45.45%
人格と修養11篇5篇45.45%
算盤と権利5篇4篇80.00%
実業と士道9篇5篇55.56%
教育と情誼7篇5篇71.43%
成敗と運命7篇5篇71.43%
 合計90篇55篇61.11%
『論語と算盤』の各十章と「ちくま新書, 角川ソフィア文庫」


… ここで、なぜ「文庫と新書の違い」も合わせて説明するかと言うと、後者の「B. ちくま新書(現代語訳)」は「A. 角川ソフィア文庫」の全訳では無い(篇は約6割 / 本文中のカットも有り)からなんですね。

そこを理解したうえで、書籍をお求めいただけたらと思います。


参考までに
B. ちくま新書(現代語訳)は、先ほどの動画で解説してくださった守屋淳先生が訳者となった大変分かりやすい本となっているので、入門編に最適です。

B. 「現代語訳 論語と算盤」ちくま新書

A. 角川ソフィア文庫は、全文かつ漢文調で旧漢字も多い(それでも昭和二年の底本を改めている)で書かれているので、慣れないと~少々の読みにくさは感じるかもですね。

A. 「論語と算盤」角川ソフィア文庫

私も最初にAを買ってなかなか進まなかったので、B. 現代語訳」からお試しでも良いかと思います。
(全訳ではありませんが、巻末に「渋沢栄一小伝」がなんと18Pもあり、全十章の注釈も充実しています)


また渋沢史料館を運営する渋沢栄一記念財団さんにて、毎月一章ごとに読んで感想を話し合う「論語とそろばん読書会」(8月初旬ごろ募集?)や、「論語とそろばんセミナー」(12月中旬ごろ募集?)」を活用してみるのも良いと思います

前述の守屋淳先生が解説や進行をされる人気のイベントです。ぜひ公式HPやSNSをチェックしておきましょう!


【追記】
2022年度の「論語と算盤」読書会の募集が始まりました!告知はひっそりとHPのお知らせのみで、公式SNSでは特にアナウンスしないようですね。笑

… ということで、当ブログの Facebookで情報をシェアいたしました。
詳しくは下記の投稿をご覧くださいませ。

※読書会は近年の人気で、抽選になるかもしれません!

『論語と算盤』全十章の各要点やまとめ(孔子, 孟子の影響など)

 それでは一通り背景も説明した(と思う)ので、各章に入っていきましょう。

本書は「全十章九十篇」ある講演録なので、心にひびく部分は人それぞれ違うかと思います。

基本的には、 渋沢栄一の思想と関係の深い孔子の「論語(後述)」との関係を中心に、私の視点で各章の要点をピックアップしていきます。
(そのため私の主観がかなり入りますので、ご容赦願います)

追記:私がこの『論語と算盤』で名言を一つだけ選ぶとしたら… を加えました。第八章「実業と士道」の項をご覧ください。



あと前述の「A. 角川ソフィア文庫」と「B. ちくま新書(現代語訳)」の対応表も作成しました。こちらも参考になれば幸いです。
※エクセルではなく「Google スプレッドシート」製なのでスマホのブラウザでも観れますが、サイズ的にPC向けとなります。

「論語と算盤」角川ソフィア版 vs ちくま新書版の対応表
『論語と算盤』角川ソフィア版 vs ちくま新書版の対応表(表の外部リンク

(言及する該当箇所は、角川ソフィア版に準拠して番号が振ってあります)

特に明記していない引用や出典は、全て「B. ちくま新書(現代語訳)」からとなりますのでよろしくお願いします。


それでは、二章づつまとめていきましょう!

◆ 第一章「処世と信条」, 第二章「立志と学問」

「論語と算盤」第一章「処世と信条」
第一章「処世と信条」(画像,
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 第一章「処世と信条」の冒頭を飾るのは、前述の『論語と算盤』の由来になった1枚の絵から三島中州(毅)とやり取りするシーンとなります。

渋沢栄一が古希祝いに贈られた介眉帖から『論語と算盤(画 小山正太郎)』」
渋沢栄一の古希を祝った「介眉帖」より
(渋沢史料館所蔵)

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この絵を通して、
「富は正しい道理でなければ永続できぬ」という自らの主義と『論語と算盤』を重ね合わせています(1-1)。

似たような概念で「士魂商才(1-2)」という言葉も使われていて、農家から武士になろうとした渋沢栄一の原体験がにじみ出ていて見逃せません。



そして、1873年(明治6年)渋沢栄一が33歳で官僚から実業家に転身する際、幼少時から父や従兄の尾高純忠に習った「論語」を思い出し、以降の教訓とした事を語っています(1-5)。


… ここで「孔子」と「論語」について説明を加えます。

◆「孔子(こうし)」

(前551年、一説に前552年ー前479年)
春秋時代末期に、魯の陬邑(すうゆう, 現在の山東省曲阜市)に生まれた大思想家・学者で、儒家の租。
孔は姓、子は尊称、名は丘(きゅう)、字(あざな)は仲尼(ちゅうじ)。


◆「論語(ろんご)」


書名。二十篇。
孔子が、門人や当時の人と応答した語や、孔子の言行、門人の問答などを記したもの
孔子の人物や思想を知る上で最も重要な書。

孔子のイラスト

出典:「社会人のための漢詩漢文小百科」大修館書店

渋沢栄一の『論語と算盤』も講演を口述筆記したもので、「論語」も孔子の没後に孫弟子が編纂したとされる言行録というのはまた興味深いですね。

そして、この「論語」を後の人生の教訓として、新たな関係ができたと述べています(同上,  1-5)


この章では他に、渋沢栄一流の人生訓も多く語られていて、争いはよいのか悪いのか(1-8)、得意なときに人のわざわいは多く起こる(1-11)といったところが印象に残っています。



「論語と算盤」第二章「立志と学問」
第二章「立志と学問」(画像,
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 第二章「立志と学問」では、社会に出て身を立てる際に必要不可欠な、学問や心もちについて多く語っています。

学問の必要性については、江戸時代の農工商の人たちにまともな教育が無かった事を問題視(2-2)しており、

渋沢栄一は特に商人への「賤商観(せんしょうかん / お金儲けは汚いことだと蔑視)」によって、商人が卑屈になってしまったと見ていました。



また、学問の弊害として、最初に与えられた仕事に不満を持ち、大きな仕事をいきなり得ようという若い人の態度を戒めています(2-5)。

上司や先輩はその小さな仕事を見ているんだぞと、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)を例に挙げていますが …… いつの時代も変わらないんですね。笑

「論語と算盤」より(自ら箸をとれ, 東京商工会議所)
東京商工会議所「自ら箸をとれ」

※余談です。この篇のタイトル「自ら箸をとれ」は、東京商工会議所(本部ビル6F 渋沢ミュージアム内)さんで商品化されていたました。笑


この章では、若い頃に学問のみならず武芸も嗜んだ渋沢栄一の一触即発シーン!も出てきますよ(2-7)。

晩年あたりの写真を見ると好々爺な感じも受けますが、意外と幼少期から気性も強く、武芸にも秀でたという一面も伝えられています。

◆ 第三章「常識と習慣」, 第四章「仁義と富貴

「論語と算盤」第三章「常識と習慣」
第三章「常識と習慣」(画像,
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 第三章「常識と習慣」の最初の篇にて、常識とは如何なるものかという解釈について、「智・情・意(知恵・情愛・意思)」の三者はバランスを保ち平等に発達したものとしています(3-1)。

「B. ちくま新書(現代語訳)」ではカットされていましたが、渋沢栄一は孔子の流れを汲む「儒教」を発展させた「朱子学」について、一貫して批判的な立場をとっています。


ここで「儒教」「朱子学」についても、説明を加えます。

◆ 儒教(じゅきょう)

孔子を祖とする学派の教え
人類の幸福・社会の平和の実現を目的とする一種の倫理学・政治学である。


◆ 朱子(しゅし)

(1130年ー1200年)
朱熹(しゅき)の尊称。
仏教などの影響のもとに儒教の根本に立ち入って、その教典を解釈し直し、古来の注釈をしりぞけて新しく注釈を施した


◆ 朱子学(しゅしがく)

南宋の儒学者、朱熹が大成した学説。
わが国では、江戸時代に幕府が官学として保護したので、盛んに行われた。

出典:『社会人のための漢詩漢文小百科』大修館書店

先ほどの「智(知恵)」においても、朱子が軽んじてたとして「儒教」が世に誤解されるようになったと非難しています。

また、前述の箇所にて「口やかましい玄関番(1-5)」と非難した矛先は、江戸時代に普及した朱子学となり、こちらも前述の賤商観(せんしょうかん)の件とも通底してるんですよね。


… 他には、
晩年でも多忙なスケジュール下にあった渋沢栄一ですが、午前中は面会を求めてきた一般の人と会っていた話(3-3)や、

前述の「智(知恵)」について普段の行いとしての実践が大事だ(3-9)という箇所が印象に残る箇所となっています。



「論語と算盤」第四章「仁義と富貴」
第四章「仁義と富貴」(画像,
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『論語と算盤』の全十章で、私が最も重要視している章といえば、何を隠そうこの第四章「仁義と富貴」となります。

私が以前『売り手は何をしても良いのか?』と疑問に思った際(そのキッカケの記事)、主にこの章をくりかえし読んで感銘を受けていました。


もし、誰もが「おのれさえ利すれば、他はどうでもよかろう」と考えれば、国は立ち行かなくなると戒めた(4-1)…… ここまでならカチコチの石頭っぽい言説になりますが、ここからが渋沢栄一の真骨頂です。

例えば「利益を少なくして欲を無くす」といった極端に走るのではなく、世の中の利益と同時に自分の利益も考えないと、社会は少しづつ衰えていく、と喝破しています(同上)。

全編を通して、この辺りのバランス感覚が秀逸なんですよね。



そして、宋の時代に利益を得ることを否定した学者により、現実に立脚しないが為に国が衰えてしまったとも述べています。
(誰の事を指しているかは、もうお分かりかと思います。笑)



「そのような学者」が孔子の教えを誤解してた言説のうち、最も甚だしいとして挙げている(4-3)のは

  • 仁義王道(富と地位)
  • 貨殖富貴(経済活動)

となります。

さらに、学者はこれらが「火のついた炭と氷のごとく」一緒にしてはいけないと誤解しているが、「論語」二十篇をくまなく探してもそんな事は書いていないと語気を強めています(同上)


また、東洋だけではなく西洋でも極端に金銭を卑しむ風習があったそうで、罪は金銭にあらず(4-5)と言っているように、私たちも厳粛主義には気をつけるべきでしょう。

… お金は貴いものです。よく稼いだら上手く使う(4-9)とも述べている通りで、使うこともまた大事なことだと思います。

◆ 第五章「理想と迷信」, 第六章「人格と修養

「論語と算盤」第五章「理想と迷信」
第五章「理想と迷信」(画像,
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 先ず、第五章「理想と迷信」のタイトルですが、本書の中で最も「〇〇と〇〇」の組み合わせに不自然な印象を持っています。笑
(編集者の梶山彬氏も苦心した箇所でしょうか?)


さてさてこの章では、日々の仕事に対して「趣味(≒ 楽しむような気持)」を持って、心のこもった仕事をしよう(5-2)と勧めたり、

科学が進歩したら同時に道徳も進化したかというと、そうでもなく古の聖人や賢人が説いた道徳の根本は変化しない(5-3)、といった箇所が印象に残っています。



この章のハイライトとして、若き日のころに姉(渋沢なか)が精神を患っていて、家の祟りかもしれないと修験者(しゅげんじゃ)を家に招いて祈祷するシーンがあります。

ところが、迷信嫌いの少年栄一は祈祷の最中に、疑わしい箇所から厳しく問いただして追い返してしまいました(5-8)笑。

このエピソードは、おそらく大河ドラマ『青天を衝け』でも扱われるのではないでしょうか?
※「第5回 栄一、揺れる」で描かれました。



「論語と算盤」第六章「人格と修養」
第六章「人格と修養」(画像,
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 さて、次の第六章「人格と修養」というタイトルは、前章と比べて違和感ありませんね。笑

ここで言う人格は、「人間としてのあり方」という意味で使われていて、富や地位の元となる成功や失敗で判定される性質のものではなく、社会のために尽くそうとする精神や効果によるべきだとしています(6-2)。


この章の名シーンとして、
明治の豪傑として名高い西郷隆盛(当時は政府要職である参議)自ら、官職の低い渋沢栄一(当時は大蔵大丞)の自宅にわざわざ訪ねてきた(6-2)シーンが挙げられるでしょう。

西郷隆盛は他に頼めない事を「まぁ計らってくれよ」とお願いに来たわけですが、渋沢栄一が熱心に説いたら素直に納得して帰っていった …… という概要となります。

政府の要職についていながら、官職の低い者に「知らないことは知らない」という飾り気のなさは、まさに「人格」の章にふさわしい話で渋沢栄一も賛辞を惜しみません。



他にこの章では、「修養」という自分磨きについて、理論(学問)と現実を密接に調和せねばならぬ(6-5)と語っています。

渋沢栄一は孔子の「論語」を人生の教訓としたと前述(1-5)していますが、実は本書で「孟子」の引用(21回, 論語は47回)も数多くしているんですね。



下記は「孟子」についての説明です。

◆ 「孟子(もうし)」/ 人名

(前371年ー前289年)
戦国時代の思想家。魯の鄒(すう, 現在の山東省鄒県)の人。
名は軻(か)、字は子輿 (しよ) 、または子車(ししゃ)。
孔子の孫の子思(しし)の門人に学び、のちに諸国を周遊して王道・仁義を説いた


◆ 「孟子」/ 書名

孟子の言行や学説を記したもの
七篇を(中略)上下に分けてから十四篇となる。
孟子の学を学んだ者が編集したと言われている。

孟子のイラスト

出典:『社会人のための漢詩漢文小百科』大修館書店

儒教において孔子は「聖人」とされ、孟子はその聖人に次ぐものとして「亜聖(あせい)」と呼ばれています。

渋沢栄一は「儒教」を信奉していると本書で再三述べていますが、より正確に言うと「孔子と孟子の教え(孔孟の教え)」と言えるでしょう。


先ほどの話(同上, 6-5)でも、江戸時代に採用された「儒教」において、ちゃんと理論と現実を密接せしめた学者は

  • 熊沢蕃山(くまざわばんざん)
  • 野中兼山(のなかけんざん)
  • 新井白石(あらいはくせき)
  • 貝原益軒(かいばらえきけん)

など、数人にすぎないと述べています。

◆ 第七章「算盤と権利」, 第八章「実業と士道

「論語と算盤」第七章「算盤と権利」
第七章「算盤と権利」(画像,
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 この二章は「論語」「算盤」の二つの要素を、また別の角度から表現したタイトルになっていて面白いなと思います。


第七章「算盤と権利」
では、先ず「権利」について触れています(7-1)。

「権利」はキリスト教を中心にする西洋社会で生まれた概念だそうで、それまで東洋では無かった概念だったとか。

この論を展開していくと、キリスト教と渋沢栄一が信奉していた儒教との比較になり、『論語』には文明国が持つべき「権利思想」が欠けているといった指摘になります。

… 要するに「今どき儒教や論語なんて時代遅れだよ。時代はキリスト教だよね」といった風潮だったのでしょう。


渋沢栄一はこの指摘に対して、

儒教(論語)にも権利思想はある。キリスト教の「聖書」と「論語」は対照的に見えるけど最終的には一致するであろう

と答えています。



ここで両者の例に出しているのが、キリスト教の「黄金律(Golden Rule)」と対応する「論語」の一節となります。

◆ 「黄金律(おうごんりつ / Golden Rule)

キリストが山上の垂訓中に示したとされるキリスト教の根本的倫理
すなわち,
「なにごとでも人びとからしてもらいたいことは,すべてそのとおり人びとにもしてあげなさい」
(マタイによる福音書 7:12,ルカによる福音書 6:31)という教え。

キリストのイラスト

出典:コトバンク(世界大百科事典 第2版の解説)



◆ 対応する「論語」の一節


● 本文
『子貢(しこう)問うて曰く、一言にして以て終身これを行うべき者ありや。
子の曰く、
其れ恕(じょ)己の欲せざる所、人に施すこと勿(なか)れ。

〇 訳
「子貢がおたずねしていった。ひとことだけで一生行っていけるということがありましょうか。
先生はいわれた、「まあ恕(思いやり)だね。自分の望まないことは、人にしむけないことだ。」
(衛霊公 第八の二十四 / 8-24より)

孔子のイラスト

出典:『論語 金谷治訳注』岩波文庫

「自分がして欲しい事を人にもする(義務)」と「自分がして欲しいことは他人にもしない(権利)」ということで、

『論語』をしっかり読めば、「権利」思想も含まれていると説明しています。



また、渋沢栄一が「論語」を信奉する理由の一つとして、孔子は「奇跡を起こした逸話が無い」事も挙げています。

前述の姉の祈祷に来た修験者を追い返すシーン(5-8)にもあった通りで、現代的に言うと渋沢栄一は「超リアリスト(現実主義者)」といったところでしょうか。


この章で他に印象に残ったのは、商工業の発達において妨害によって人の利益を奪う「悪意の競争」ではなく、よい工夫をして知恵と勉強で打克つ「善意の競争」を心に留めよう(7-4)という箇所となります。



「論語と算盤」第八章「実業と士道」
第八章「実業と士道」(画像,
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 農家の出自ながら武士を目指した渋沢栄一の少年時代と、実業界での活躍の対比を思わせる、第八章「実業と士道」のタイトルは秀逸ですね。


そんな渋沢栄一が考える、武士道の要素がまた興味深いものでした(8-1)。

  • 「正義(せいぎ)」…… みなが認めた正しさ
  • 「廉直(れんちょく)」…… 心がきれいでまっすぐなこと
  • 「義侠(ぎきょう)」…… 弱気を助ける心意気
  • 「敢為(かんい)」…… 困難に負けない意思
  • 「礼儀(れいぎ)」…… 礼儀と譲り合い

かつての日本の美風や長所されていた「武士道」は、商工業者も持つべきものだというのが渋沢栄一の主張です。

そして、いまや(物質社会下)では「武士道」を言い換えて「実業道」でも良いじゃないかと結んでいます(同上, 8-1)



また、日本に「武士道」は根付いていたとはいえ、商工業者が道徳の考え方に乏しいのは、前述(3-1)したように江戸幕府の教育を担っていた朱子学とその学派(林家)の影響だったとここでも指摘しています(8-8)。

その教育の結果として、商工業者はいじけた根性に馴染んでしまうという悪習が数百年繰り返され、そのまま利益追求に向かってしまったと繰り返します。


追記:この篇(8-8)は、かなり強い言葉を使っているのが印象深く、他にこんな強烈な名言も残されています。

◆ 私が『論語と算盤』の名言を一つだけ選ぶとしたら

富貴は人類の性慾とも称すべきではあるが、初めより道義的観念の欠乏せる者に向かって、教うるに功利の学説をもってし、薪に油を注いでその性慾を煽るにおいては、その結果は蓋し知るべしではないか。」

出典:『論語と算盤(A. 角川ソフィア文庫版)』





豊かさと地位とは「人類の性欲」とでもいうべきものだが、初めから道徳や社会正義の考え方がない者に向かって、利益追求の学問を教えてしまえば、薪に油を注いでその性欲を煽るようなもの。結果は初めからわかっていたのだ。」


出典:『論語と算盤(B. ちくま新書(現代語訳)版)』

渋沢栄一の怒気をはらんだような言葉に、思わずハッとさせられますね。私はこの言葉に「豊かさと地位」の本質が表されていると思い、この言葉に感服しました。


… 閑話休題、さらにこの章では

「財産をつくれば、仁の徳から背いてしまう」という孟子の言葉は、前述の賤商観の影響とは別の側面もあり、武士の気風さえも作り上げたと指摘しています(8-9)。

その武士の気風とは、「人を治める者は人々から養われる存在」として学問(道徳)を受ける立場にあるが、養う存在(生産に従事する)である商工業者に学問(道徳)なんか関係がないだろうという考え方になります。


その後、徳川幕府の数百年の統治のなかで、武士の精神は廃れ、商人はますます卑屈になって利益追求に走る、

このようにして嘘が横行する世の中になってしまったと指摘しています(同上, 8-9)。

◆ 第九章「教育と情誼」, 第十章「成敗と運命

「論語と算盤」第九章「教育と情誼」
第九章「教育と情誼」(画像,
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 こちらで最後になるので、ラストスパートといきましょう。笑

第九章「教育と情誼」で「情誼(じょうぎ)」が解りにくい言葉ですが、こちらは人情や誠意という意味となります。

「儒教」と言うと「無条件に親を敬え」というイメージもありますよね。しかし、渋沢栄一は親孝行に関して強制させるのは反対の立場を取っています(9-1)。

自分の思い通りに育たないからと言って、思う通りになれというのは無理筋な話しで、自分自身も親の立場として、親不孝とは思わないようにしているそうです。


もちろん『論語』には「親を大切にして目上を敬おう」と書かれています。

戦国時代に政治家志望だった孔子は、自分の身の周りに近いところから広げ、天下国家を安定させようと考えていました。
(「儒教」のよくある誤解は、この部分を片方から見たもの)



「儒教」はそんな心の学問として以前の教育の中心にありましたが、平等に教育が受けられるようになると知識偏重になってしまったと指摘しています(9-2)

損なわれたとされる「儒教」の徳目として、渋沢栄一は有名な五つの項目を挙げています。

  • 「仁」…… ものごとを健やかに育む
  • 「義」…… みんなのためを考える
  • 「礼」…… 礼儀を身につける
  • 「智」…… ものごとの内実を見通す
  • 「信」…… 信頼される

知識偏重になると、学問が自分を向上させるものではなくなり、名前を売るための学問(≒ 道具)となってしまうと「論語」にも書かれています。

… 現在でも散見される状況は昔と何も変わらないんですね。笑


またこの章で印象に残る箇所として、渋沢栄一は女子教育にも熱心だったので、男性が重んじられたように、女性も重んじられなければならない(9-3)とした話がありました。

2021年現在でも、元政治家の発言(女性蔑視)が物議を巻き起こしたように、なかなか根深い問題だと思います。



「論語と算盤」第十章「成敗と運命」
第十章「成敗と運命」(画像,
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 いよいよこちらで最終となる、第十章「成敗と運命」です。

本書は前述したように編集者(梶山彬)が入っているので、普通に考えれば最初(1-1)と最後(10-7)に要点を配置したのかな?と思います。


その最後の篇では、
「成功」や「失敗」という小さな価値観はあるけど、時には善人が悪人に負けたように見える場合も当然あるだろうと語り掛けます。

しかし、「正しい道筋」にそって行動すれば、もっともっと価値のある生涯を送ることができるよ。といったエールを送ってるんですね(同上, 9-7)。



ここで渋沢栄一が語っている「正しい道筋」とは、何でしょうか?

もちろん実業界に転身する際のエピソード(1-5)をはじめとして、本書を通して一貫していた「論語」とそれに準ずる「孟子」の教え(孔孟の教え)に他なりません。


… その「孔孟の教え」から渋沢栄一までの系譜を図にしてみましたので、こちらもご参照ください。

☆『孔孟の教え』から渋沢栄一までの系譜
『孔孟の教え』から渋沢栄一までの系譜(画像
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この「正しい道筋(孔孟の教え)」に沿っていれば、

成功や失敗なんて自分の身にくっついた糟粕(そうはく, カス)でしかないよ(同上, 10-7)と本書を締めくくるにふさわしい内容となっています。



他にこの章で印象に残ったのは、
人が生活に困窮したりする場合の多くは、自業自得ではあるので優遇することは無いけども、「人道」に即して良心と思いやりの心を忘れてはならないと戒めています(10-2)。

【最後に】渋沢栄一の「朱子学批判」などまとめ

 個人的にこの『論語と算盤』という本がおすすめなので、予定より量が多くなってしまいました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


前述しましたが、この記事の引用などはほぼ「B. ちくま新書(現代語訳)」から取らせていただいています。全文に興味がわきましたら「A. 角川ソフィア文庫」に挑戦してみてください。
(他の関連本(雨夜譚や論語, 孟子など)にも興味が出てきましたら幸いです)


また、私が作成した「角川ソフィア版 vs ちくま新書版の対応表」にも番号が振ってあるように、章の頭に付せんを貼ったり、篇の見出しに番号を書き込むと探しやすくなるのでおススメです。(時間はかかるし手間なんですけどね。笑)

「論語と算盤」に付せんとメモ
各章に付けた付せんと各篇の頭に振った番号


 最後に大事なことを記します。この記事で、渋沢栄一と「儒教(孔孟の教え)」について言及しましたが、同時に江戸幕府の教育を担った「朱子学」への批判的な見解も紹介しています。


… しかし、これはあくまで「渋沢栄一翁の見解」であり、現在に生きる私たちは無条件に聞き入れないで、自分で調べてから考えるべきかと思います。

(新一万円札の肖像や大河ドラマの主人公になるような偉人だからといって、全てが正しいとは限りませんよ)

渋沢栄一本人だって「論語をもっともキズがないもの」と表現した(1-5)ように、何にでも多少のキズはあるものです。

現在はSNSの普及で意見(肯定や批判)もカンタンに発信できるようになりましたが、もう少し吟味してから判断しても良いかなと思います。



 守屋先生が「B. ちくま新書(現代語訳)」の冒頭で書かれているように、私も(個人的なブログとはいえ)紹介して説明するからには、よき玄関番になるよう努めたつもりです。


そのため文量がかなり多くなってしまいました。汗
(熱意の表れとか、何か~良い方向にとっていただけると幸いです!)


この記事で取り上げた『論語と算盤』が、多くの方に読まれることを願っています。

お読みいただき、ありがとうございました。