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 「買い手」に関する話題は、こちらのカテゴリー(消費社会の変容)で書き進めていきます。

最初に渋沢栄一関連のコンテンツをダダダっと数記事書きましたが、このサイトは副題にあるようにあくまで『「物を売り買いする」人の営みとか文化に興味のあるブログ』です。笑

ダダダっと書いた数記事は「売り手」の商道徳について、今をときめく渋沢栄一翁に(便乗して)フォーカスしました。


こちらでは「買い手」の変容にフォーカスすると同時に、「売り手」もどのように変容してきたかを考えます。

『モノコト論』の意味や変遷をたどる

 このサイトの名称にも使っている「モノ」や「コト」は、最近では各メディア上での『モノ消費, コト消費』といった表現で目にしているかもしれませんね。


私はこの表現に面白さを感じていて ……

変容する消費社会を見すえながら、「売り手」側のマーケティング活動も変容を繰り返した様子が伺えます(興味を持ったキッカケなどは過去記事にて)。


この章では、「モノ」や「コト」の意味や、主に産業界で使われてきた言葉(このブログでは総じて『モノコト論』とします)の意味や変遷を掘り下げてみたいと思います。

「モノ」や「コト」とは?

 経済紙などメディアで目にする「モノ, コト」はカタカナ表記ですが、一般的な日本語では「もの, こと」や「物, 事」といった、ひらがなや漢字の表記になるでしょう。

(カタカナ表記することによって、なんかビジネス用語っぽくなりますね。)


確認のために一般的な日本語としての意味を、広辞苑(最新の第七版)から引用します。

◆ 一般的な「もの, こと」の意味

・「もの(物)」…… 形のある物体をはじめとして、存在の感知できる対象。また、対象を特定の言葉で指し示さず漠然と捉えて表現するのにも用いる。(以降省略)

・「こと(事)」…… 意識・思考の対象のうち、具象的・空間的でなく、抽象的に考えられるもの「もの」に対する。(以降省略)

出典:「広辞苑 第七版」岩波書店

「もの(物)」も「こと(事)」も、私がふだん日常的に使っている認識に近い感じで安心しました。笑

あと、両者は対の関係とも明記されていますが、ここは非常に大事な部分だと思います。



… このように、日本語として定着している「もの, こと」の字義を確認したので、次にカタカナの「モノ, コト」を調べてみます。


先ず(ビジネス用途である)カタカナの「モノ, コト」の発生自体は、

1970年代後半ごろに今は亡きセゾングループにて『モノ(の消費)からコト(の消費)へ』という表現でコンセプト化され、その後小売り業界を中心に広まったと見られています。

かつて「セゾングループ」の中核企業だった西武百貨店
かつて「セゾングループ」の中核企業だった西武百貨店


(詳しくは後述しますが)小売業である「セゾングループ」の独特なコンセプトとアプローチは、次第に産業界に広まります。

流通・経済紙として広く知られる日経MJ紙を調べると、「モノ」「コト」が合わせて初出したのは、1985年のワコール社の記事(出典:日経テレコン調べ)となっていました

… この頃には既に業界用語として、定着していた感があります。


さらに、私が「モノ, コト」の使われ方として興味深く感じたのは、時代による変遷です。


使われ方の変遷を大まかに分類して、下記のように整理しました。

  • 1970年代 後半~1980年代:『モノからコトへ』
  • 1990年代~2010年代:(ほぼ空白期間)
  • 2010年代 前半:『モノづくり, コトづくり』
  • 2010年代 後半~:『モノ消費, コト消費』


1980年代に業界的な一種の流行り言葉・コンセプトとなりますが、その後の1990年代~2010年代に空白期間が生じていますね。


… ここで注意したいのは、「コト」という概念は、特に定義付けもされないまま意味も少しづつ変容している点です。



その点を掘り下げた研究もあり、「モノ, コト」の学説としては下記の引用をご覧ください。

◆ 産業界で使われてきた「モノ, コト」の学説

『(前略)70年代, 80年代, 90年代以降のそれぞれの時代に用いられた「コト」を明らかにした。
コトはモノ(商品)と対比され, 「ライフスタイル」であり, 「記号」であり, 「体験」であった

出典:『顧客価値を創造するコト・マーケティング』中央経済社刊
※出典元では「モノ, コト」という語句にフォーカスして、各年代の語意に焦点を当てているので、前述の年代による「使われ方」の分類と完全には合致しないことにご留意ください。


「モノ」は常に商品そのものとして、固定されています。

しかし、「コト」という言葉は「ライフスタイル(1970年代)」「記号(1980年代)」「体験(1990年代~)」といったように、時代と共に意味合いが変容していたことがよく分かりますね。
(変容はしていますが、前の意味が打ち消されずに重なっていくイメージです)



… ここまで、一般的な「もの, こと」と、(ビジネス用途にて)産業界で使われてきた「モノ, コト」の意味やその違いを確認してきました。

次に前述した使われ方の変遷を、整理した時系列の順で追ってみたいと思います。

1970年代 後半~1980年代:伝説の「セゾングループ」を率いた堤清二が提唱?(モノからコトへ)

 「モノ, コト」が使われた時系列を追う前に ……

現在の2020年代の感覚とはかなり変わっているので、それまでの消費に関する社会背景をざざっと振り返りながら、本題に入ります。


 日本は1945年の敗戦で、国そのものに壊滅的なダメージを負いました。

しかし、約10年後の1956年当時の経済白書に『もはや「戦後」ではない』と記されるほど順調な復興を遂げ、そのまま高度成長期に入ります。


生きるための物資そのものが欠乏していた復興期を経て、洋風化・近代化された豊かな「衣食住」を段階的に享受するとともに、耐久消費財も急速に普及しました。


いわゆる、「大量生産・大量消費」時代の恩恵ですね。

「三種の神器(白黒テレビ, 電機洗濯機, 電機冷蔵庫)」「3C(カラーテレビ, クーラー, 自家用車)」などが普及しています。

三種の神器(白黒テレビ, 冷蔵庫, 洗濯機)
家庭電化時代の「三種の神器(イメージ)」

 
… その後、1960年代後半には余暇を楽しむ「レジャーブーム」が到来するなど、国民全体の生活が変容する過程が見られました。

※参照:『経済社会を考える』放送大学教育振興会



さらに、二度のオイルショックまでも経験した日本人は、

「ガムシャラに働いて物欲はみたされたが、本当の豊かさって何だっけ?」
と、ふと立ち止まって自らを省みたのかもしれません。

そんな空気感が漂いはじめた日本に新たな消費の道すじを示したのが、堤清二氏が率いる「セゾングループ」だったと言われています。

◆ 革新的だったセゾンの経営姿勢

『1970年代から1980年代にかけて、セゾングループが手がける事業には、いつも何かしらの新しさがあった。話題性に富み、高感度のセンスを備えていたのだ。
(中略)

「商品を売るのではなくライフスタイルを売る」
「モノからコトの消費へ」

「店をつくるのではなく、街をつくる」

 かつて堤が提唱した方向性は、小売業やサービス業、商業施設の開発など、消費に関わるあらゆる産業で、今なお繰り返し、語られている。』

出典:「セゾン 堤清二が見た未来」日経BP社


 また、現在でも流通・小売などさまざまな産業で「モノ」や「コト」といった言葉が定着していますが、

元々はセゾングループが1970年代後半からのイメージ戦略時に持ち込んだという説が濃厚で、1980年代には以下の資料から、既に業界で定着していた事がうかがえます。

  • セゾングループが1985年9月に開設した施設「つかしん」のパンフレット(出典:社史「セゾンの発想」より)
  • 日経MJ紙で「モノ」「コト」が合わせて初出する1985年10月24日付のワコール社の記事(出典:日経テレコン調べ)



前述のセゾングループが、『モノからコトへ』を打ち出すキッカケとしたのは、1984年10月開店の西武有楽町店(2010年12月閉店)と見受けられるでしょう。

さらに、同店の広告コピーを担当した糸井重里氏は、当時の状況をこのように回想しています。

◆ 糸井重里氏(当時の広告コピーを担当)の回想

『(前略)糸井はこう振り返る。

「店は狭いのですが、でもそこから広がっていくということで、(中略)今もよくお題目として、モノからコトへと言っているけれど、本当に「モノからコトへ」を具体化する場所をつくった人は、そんなにいないと思います

 西武有楽町店は、物販を中心としたそれまでの百貨店の姿から脱し、都市生活者のための新たな商業空間を目指した。
「脱小売業」路線を進める象徴として、堤は、情報発信基地となる全く新しい百貨店をつくろうと意気込んだ。』

出典:「セゾン 堤清二が見た未来」日経BP社

社史によると、その「情報発信基地」の中核として「チケットセゾン」が同店に初めて導入され、コンサートや演劇のチケットを新しい方式で提供したとあります。

(1980年代には「モノ」を扱う百貨店として、既にこのような試みがされていた事は、セゾングループの革新性を象徴しているかのようですね)


… このような試みもあり、セゾングループは百貨店の従来型とも言える店頭物販(モノ)から非物販部門のシェアが著しく伸び、

後の1985年9月に開設した「つかしん」プロジェクトにて、『モノからコトへ』が実際にコンセプトの一つとして用いられるようになりました。



私が個人的に集めた資料から、前後関係を見ると……

常に革新的で注目を集めていたセゾングループが上手に昇華させた「モノ, コト」の概念が、小売り業界で広まっていたと推察されます。


時期的には1985年を境に「モノ, コト」が散見(前述の日経MJ紙のバックナンバー, 日経テレコン調べ)されるようになり、
単語としての表記と共に、後年見られるような造語も少しづつ出てきます。

2010年代 前半:経済同友会, 総務省「情報通信白書」の提言(モノづくり, コトづくり)

 1980年代のセゾングループを中心に、『モノ, コト(モノからコトへ)』という概念が産業界に広まった経緯を見てきました。

そのセゾングループ自体は、バブル崩壊からの平成不況で2001年にはグループも解体されてしまいます。


革新的なイメージ戦略は長続きしませんでしたが……
セゾングループが提唱した概念の一つである「モノ, コト」は、2010年代以降に再び注目を集めることになります。

ここで、造語としての「モノ, コト」の大まかな変遷を、2010年代前半の『A. モノづくり, B. コトづくり』と、2010年代後半の『a. モノ消費, b. コト消費』の二つに分類します。

造語(年代)モノコト
+ づくり(2010年代 前半)A. モノづくりB. コトづくり
+ 消費(2010年代 後半~)a. モノ消費b. コト消費
表:「モノ, コト」を使った造語の分類と変遷


この分類は、経済団体や行政機関からの提言に着目したものです。

  • 『モノづくり, コトづくり』を提言 : 2011年と2012年の経済同友会, 2013年の総務省「情報通信白書」
  • 『モノ消費, コト消費』を提言 : 2015年の経済産業省「コト消費空間づくり研究会」


ここで注意したいのは、1980年代の『モノからコトへ』は民間のセゾングループから自然の流れで産業界に広まりましたが、こちらは経済団体や行政機関からの「提言」という流れだということですね。

(実際に産業界まで波及していくかは、それぞれ後述します)



 先ずは、前者の『A. モノづくり, B. コトづくり』を提言した、2011年の経済同友会のレポートです。

「グローバル市場で勝つための 「ことづくり」「ものづくり」を」経済同友会の2011年6月提言
画像出典:経済同友会の2011年6月提言(PDF P.1/2より

(上記の「もの, こと」はビジネス用途なので、この記事では便宜上からカタカナ表記で統一します)


この提言をした「経済同友会」は、1946年発足の企業経営者による団体で、日本経済団体連合会(経団連)・日本商工会議所と並ぶ、日本の「経済三団体」の一つとして数えられています。

2011年のインタビュー形式の提言によると、日本の得意な『A. モノづくり』が新興国の台頭で存在感を失いつつある状況を打破しようと、日本語としての「物事(ものごと)」にかけあわせた『B. コトづくり』を提言しています。

「“もの・ことづくり”構成図」経済同友会の2011年6月提言
「“もの・ことづくり”構成図」
画像出典:経済同友会の2011年6月提言(PDF P.2/2より)

こちらを簡略的にまとめると、製造者視点であった『A. モノづくり』で頭打ちになりつつあるので、顧客視点から『B. コトづくり』で市場を生み出そう!といった方向性を示しています。

経済同友会からは、2012年6月に人材育成(ヒトづくり)を増補した最終の提言書(PDF 全17P)がまとめられ、『B. コトづくり』提言の流れは一段落しています。

経済同友界からの提言もあり、『A. モノづくり, B. コトづくり』は産業界復活のキーワードとして関係者に認識されたようです。



 その流れで、翌年の2013年には総務省から「平成25年度版情報通信白書」が発行され、『コトづくり』の言及がありました。

総務省「平成25年版情報通信白書」の表紙
画像出典:総務省「平成25年版情報通信白書(一覧)」

平成25年度版の情報通信白書の主題は、「スマート ICT」についてで「ICT 白書」とも書かれていますね。


… 白書の中で言葉の定義はしていない(!)ので、広辞苑などから一般的な意味を補足します。

◆ 「ICT」とは

information and communications technology )情報通信技術。ITと呼ばれることも多い。


出典:モバイル版「広辞苑」(太字, 下線は加筆)


◆ 「スマート ICT」とは

総務省が平成24年版および平成25年版の情報通信白書において掲げている「スマート化された革新的なICT(情報通信技術)のあり方」を示すコンセプトである。
(中略)なお、「スマートICT」は株式会社NTCの登録商標である。


◆ 「スマート化」とは

情報システムや各種装置に高度な情報処理能力あるいは管理・制御能力を持たせること
である。
一般的には、スマート化は空調システムや送電網といったインフラ設備に情報処理能力、情報管理能力を搭載して高度な運用を可能にすることを指す場合が多い。

出典:共に「Weblio辞書」(太字, 下線は加筆)

日本は以前から「ICT」の活用において、他の先進国からの遅れを指摘されていました。

表紙の副題に
『「スマート ICT」の戦略的活用でいかに日本に元気と成長をもたらすか』
とあるように、
戦略的な ICT の利活用を進め、成長に加速を付けようとした内容となっています。

総務省「平成25年版情報通信白書」で言及された「コトづくり」
ICTの利活用で言及された「コトづくり」(出典:PDF P.30/51, 画像


『コトづくり』は、ICT の利活用と発展のコンセプトとして用いられますが、前述の経済同友会の提言と論調は同じく、日本が得意な『モノづくり』の延長線として『コトづくり』へ発展させよう!という内容です。


しかしながら、私はこの白書の論調はなかなか強引だな …… という印象を持ちました。笑


この部分の論調は、同年3月の総務省の研究レポート『「コトづくり」の動向とICT連携に関する実態調査(委託先:富士通総研, PDF)』が、下地になっています。

こちらも読んでみたのですが、ICTを作り手都合の「ハード」で手を放すのではなく、利用者都合に歩み寄った「ソフト」の価値を付加しよう!という論調はもちろん白書と同様でした。

『B. コトづくり』としてくくりたい意図は伝わるのですが、中身はどこか既視感のある論調を無理くり中に詰めたような感が否めません。(関係者の方ごめんなさい)




… 私がこのレポートで特に価値を感じて注目したのは、「モノ, コト」の系譜がまとめられている箇所となります。

平成25年総務省『「コトづくり」の動向とICT連携に関する実態調査研究』(委託先:株式会社富士通総研)
「モノ, コト」に関する日本語の概念など(出典:PDF P.8/36, 画像

特にP.7辺りからの、ちょっと難解で哲学的な「モノ, コト」の概念や、流通・小売業界の足跡などの記述は興味深く読ませていただきました。

(私が「モノ, コト」に興味を持った際、このレポートが道しるべとなり、色々と展開できたので感謝の念に堪えません)



… さてさて、2010年代に提唱された『A. モノづくり, B. コトづくり』ですが、「Google トレンド」で検索ボリュームを調べてみると、残念ながらキーワードとしてあまり一般へ波及しなかった事が伺えます。

「A.モノづくり」「B.コトづくり」の Google トレンド比較
画像出典:2021年3月「Google トレンド」による比較
『A. モノづくり』『B. コトづくり』URL, 画像

『A. モノづくり』が一般的に使用されている「ビッグワード」だとしても、ちょっと『B. コトづくり』の流通量は寂しいものがありますね。

… 各種の提言から産業界に浸透させるまでは、自然発生からの波及でないだけに困難が伴うのでしょうか。

2010年代 後半~:経済産業省「コト消費空間づくり研究会」の提言(モノ消費, コト消費)

 それでは次に、2010年代後半の『a. モノ消費, b. コト消費』に目を移していきましょう。下記は分類表の再掲となります。

造語(年代)モノコト
+ づくり(2010年代 前半)A. モノづくりB. コトづくり
+ 消費(2010年代 後半~)a. モノ消費b. コト消費
表:「モノ, コト」を使った造語の分類と変遷(再掲)


2015年(平成27年)10月、経済産業省から「地域経済産業」についての研究レポートがまとめられました。

前述の総務省「スマート ICT白書」では『B. コトづくり』を掲げましたが、
今回は経産省「コト消費空間づくり研究会」による『b. コト消費』がコンセプトとなります。


レポートの内容としては、(こちらの研究会の名称に「空間づくり」とあるように)地方創生・地域経済産業の活性化の戦略プランを報告しています。

平成27年(2015年)総務省「コト消費空間づくり研究会」報告書より
画像出典:平成27年 経産省「コト消費空間づくり研究会」より(PDF P.11/85, 画像


上記の流れ図の最下段に『b. コト消費』が出てきましたね。


… この研究会では、レポートで用いる『b. コト消費』を以下のように定義しています。

◆ 『コト消費』の定義(※ 2015年「コト消費空間づくり研究会」による)

コト消費とは、魅力的なサービスや空間設計等によりデザインされた「時間」を顧客が消費すること。例えば、まち歩きや外湯巡りなど。

出典:経産省「コト消費空間づくり研究会-とりまとめについて(PDF P.6/73)」

研究会の趣旨を反映した、「地方創生・地域経済産業の活性化の戦略プラン」らしい定義ですね。
(文末にある例えの「まち歩きや外湯巡りなど」が、簡潔で分かりやすいと思いました)


さてさて、その『b. コト消費』がキーワードとしてその後どれだけ流通したかを、再び「Google トレンド」で可視化してみます。

「a.モノ消費」「b.コト消費」の Google トレンド比較
画像出典:2021年3月「Google トレンド」による比較
『a. モノ消費』『b. コト消費』(URL, 画像

おおっ、赤い線の『b. コト消費』が健闘しています。笑

前述の『B. コトづくり』はあまり流通していませんでしたが、『b. コト消費』は2016年辺りから検索ボリュームがググっと増えていることが分かりますね。



… 念のために『B. コトづくり』vs『b. コト消費』の直接比較も見てみましょう。

「B.コトづくり」「b.コト消費」の Google トレンド比較
像出典:2021年3月「Google トレンド」による比較
『B. コトづくり』『b. コト消費』(URL, 画像

直接比較すると、かなり分かりやすいですね。

『b. コト消費』が2015年辺りから、検索ボリュームを大きく増やしていることが可視化されています。



… ここで疑問が浮かぶのですが、これは前述の経産省「コト消費空間づくり研究会」のコンセプトが広く普及した結果なのでしょうか?

その疑問を解くために、再び流通・経済紙である日経MJ紙から、『b. コト消費』と参考までに「モノ コト」が対で使われている記事を調べてみます。

「モノ コト」「コト消費」の日経テレコン(日経MJ紙)2021年3月調べ
図:「b. コト消費」「モノ コト」の日経テレコン(日経MJ紙)調べ(画像

前述の「Google トレンド」よりも「日経MJ紙」では、2017年の120件(総数480件なので全体の25%!)と、かなり突出したグラフになりました。

「モノ, コト」とも相関しているようで、これまで使われている文脈とも合致していると言えるでしょう。

指数(Google トレンド)と実数(日経MJ紙)の比較になりましたが、このグラフから考えてみると『b. コト消費』はメディア側が先導した結果として、消費者側の検索行動に波及したと見る事もできます。



… しかし残念ながら(?)、メディアの記事で『b. コト消費』が使われている文脈は、経産省「コト消費空間づくり研究会」が提唱したような「まち歩きや外湯巡りなど」ができる空間づくりのみ、を指していませんでした。


例として、タイトルに『b. コト消費』を含む記事を2017年から、3つほどピックアップしてみます。

  • 活躍するキャラクターの条件――親近感あり、 コト消費 促す(2017/07/14)
  • 「 コト消費 」向け小型店、カインズ、生活様式別にコーナー。(2017/10/04)
  • 2017年ヒット商品番付――定番は新たに、食に一工夫、タブーに挑むドリル、装い変えたドリンク、化粧品に コト消費 。(2017/12/06)


上記のタイトルだけでも、地方創生に関する空間づくりの話題では無いな~と察しが付きますよね。

元々はセゾングループや小売り業界で使われ、言葉の定義もされないフワフワした言葉ではありますが、もう少し広義に『b. コト消費』が使われています。



下記の書籍に、ちょうど同時期(2017年3月16日~2018年3月16日)の調査があったので、こちらも参照してみましょう。

こちらは前述の『◆ 産業界で使われてきた「モノ, コト」の学説』でも参照させていただいた論文集です。

2017年3月16日~2018年3月16日に、日本経済新聞系の6紙面で使われた『コト消費』の意味を分類されています(P.82 「コト消費の多義性」より)。

… やはり一番多かったのは、「体験」や類するもので、一部に「サービス」も含まれているようですが、元々定義が無い言葉なのでまだ何かすっきりしません。笑



そこで試しに「現代用語の基礎知識」を頼って、バックナンバーを全て漁ってみると、2014年 / 2018年 / 2019年版に『a. モノ消費』『b. コト消費』の記載を発見しました! 

◆ 『コト消費(+モノ消費)』とは


・現代用語の基礎知識 2014年版
モノ消費に対する言葉として登場してきた言葉。モノ消費は消費者が商品やサービスを利用することによってお金を消費することを意味している。

それに対して、コト消費は企業や組織などがイベントなどを提供することによって消費者の消費活動を誘うものである。


・現代用語の基礎知識 2018年版
所有欲を満たす商品の消費よりも、サービスを中心とした自己の体験のために支出する割合の高い消費をコト消費という。


・現代用語の基礎知識 2019年版

コト消費とは、体験や思い出といった無形のものを重視する消費活動。物品ではなく、良質なサービスや特別な体験による満足感を重視した消費行動。

以前のモノの所有を重視したモノ消費に対して、2000年ごろより考え方が定着した。所有のためではなく、趣味や娯楽などで得られる特別な体験や人間関係を重視して支出する傾向がある。

出典:現代用語の基礎知識(電子版)


2014年版では、経産省「コト消費空間づくり研究会」の意図する戦略に近い言葉でしたが、2018年 / 2019年版では「日経MJ」紙のタイトルに近づいて意味が変容していると言えますね。

『b. コト消費』の中心にある概念として、広義で捉えると「体験」「非日常」、狭義では「イベント」「空間づくり」といったところでしょうか。

まとめ

メディアでよく見かけた「モノ, コト」の変遷をたどりながら、その使われ方や意味を捉えようと試みました。

そして、大まかな変遷として、4つの時代区分に分類しています。

  • 1970年代 後半~1980年代:『モノからコトへ』
  • 1990年代~2010年代:(ほぼ空白期間)
  • 2010年代 前半:『モノづくり, コトづくり』
  • 2010年代 後半~:『モノ消費, コト消費』

革新的だった伝説のセゾングループは、大量生産・大量消費が飽和した後の消費社会に大きなインパクトを残しました。

その遺産の一つとして、日本語の「もの, こと」を『モノからコトへ』と昇華させて、後の時代に影響を及ぼしたと考えられます。



1990年代~2010年代は、特に目立った動きはありませんでしたが、2010年代に入ると、「モノ, コト」を使った造語として、経済団体や白書の提言に現れるようになります。

造語(年代)モノコト
+ づくり(2010年代 前半)A. モノづくりB. コトづくり
+ 消費(2010年代 後半~)a. モノ消費b. コト消費
表:「モノ, コト」を使った造語の分類と変遷(再々掲)

… 経済団体や白書の提言であった『B. コトづくり』はあまり波及しませんでしたが、メディアが主導した『b. コト消費』は一種の流行り言葉に昇華しました。

(1980年代に特に誰も定義をしていなかったことも、言葉の使いやすさに繋がったかと思います)


その『b. コト消費』は、現代用語の基礎知識の2014年 / 2018年 / 2019年版に記述がありますが、狭義の「イベント」「空間づくり」から、「体験」「非日常」と意味が広がっていく様子が伺えます。

ここで前述の「モノ, コト」の学説を振り返ってみましょう。

◆ 産業界で使われてきた「モノ, コト」の学説(再掲)

『(前略)70年代, 80年代, 90年代以降のそれぞれの時代に用いられた「コト」を明らかにした。
コトはモノ(商品)と対比され, 「ライフスタイル」であり, 「記号」であり, 「体験」であった

出典:『顧客価値を創造するコト・マーケティング』中央経済社刊

こちらの学説と別のルートを辿りましたが、ここで一致した感じです。


… 振り返ってみると、伝説のセゾングループが残した「モノ, コト」が巡り巡って、意味を変容させながら現代に使われているというところが、個人的にはやはり面白い点かと思います。


そして、Google トレンドの検索ボリュームや日経MJ紙を見ても、『B. コトづくり』『b. コト消費』の流通量は落ちているのは明らかなので……

数年後、また別の『コトほにゃらら』が生まれたり、日経MJ紙が再び『b. コト消費』でゴリ押ししてくるかもしれません。笑



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!