新聞などのメディア上で『モノ消費, コト消費』と聞かれるようになって久しく感じます。
このサイトの名称にも「モノコト」と付けるぐらいに、私はこの表現がお気に入りなので、言葉の意味が変容していく様子などを前の記事でまとめました。
今回の記事は、私が普段から感じる「これは思い違いだろう…」という、あるある小ネタを二点お送りします。
この記事の目次
「モノ〇〇」「コト〇〇」思い違いの二点とは
先ずは、「モノ〇〇」「コト〇〇」の思い違いの二点を挙げ、そもそもの「モノ, コト」の意味を紹介しながら、各二点を掘り下げます。
下記が今回の記事で指摘する二点です。
- ① 『モノ(目的の消費)』は消滅して, 『コト(目的の消費)』だけになった
- ② 「S-D ロジック」など, 他分野でも同じような概念が生まれた
こちらの二点は後ほど説明するので、次に「モノ, コト」の語源や意味を、かんたんに説明します。
「モノ, コト」の語源や意味
詳しくは、先ほども紹介した前の記事に譲りますが、抜粋した引用を使いながら順に説明していきます。
先ず、日本語としての「もの, こと」を、一般的な辞書から大まかに意味を捉えましょう。
◆ 一般的な「もの, こと」の意味
出典:「広辞苑 第七版」岩波書店
・「もの(物)」…… 形のある物体をはじめとして、存在の感知できる対象。また、対象を特定の言葉で指し示さず漠然と捉えて表現するのにも用いる。(以降省略)
・「こと(事)」…… 意識・思考の対象のうち、具象的・空間的でなく、抽象的に考えられるもの。「もの」に対する。(以降省略)
一般的な使い方として、「もの(物)」は物体で存在しており、「こと(事)」は抽象的とありますね。
… 特に難しい解釈でも無いかと思います。
ポイントしては、黄色い線で引いた「もの(物), こと(事)」は対の関係という部分でしょう。
この、ひらがなの「もの, こと」を、1970年代に小売りのセゾングループを中心に「モノ, コト」として昇華します。
戦後の高度成長期から二度のオイルショックを経て、新たな消費の道すじの一つとして、カタカナの「モノ, コト」を用いたというわけですね。
特に定義もされていない造語なので、売り手やメディア側の変容で少しずつ「コト」の意味だけが変容します。
◆ 産業界で使われてきた「モノ, コト」の学説
出典:『顧客価値を創造するコト・マーケティング』中央経済社刊
『(前略)70年代, 80年代, 90年代以降のそれぞれの時代に用いられた「コト」を明らかにした。
コトはモノ(商品)と対比され, 「ライフスタイル」であり, 「記号」であり, 「体験」であった。』
「モノ」は常に商品そのものとして、固定されています。
しかし、「コト」という言葉は時代と共に意味合いが変容していたことがよく分かりますね。
(現在も、流通経済を専門的に扱う日経MJ紙では「コト ≒ 体験」といった意味合いで使われることが多いようです。)
… ただ、意味合いは変容していますが、
産業界で自然発生した(特に定義もされていない)言葉なので、段々とミルフィーヌ状に折り重なって、意味を次々に取り込んだと考えるのが適切だと思います。
と言うのも、ある日突然ことばの意味がガラッと変わるというのも、不自然な話だからです。
① 『モノ(目的の消費)』は消滅して, 『コト(目的の消費)』だけになった
「モノ, コト」の語源から、「コト」の意味が変容する様子を見てきました。
前節の最後に「ある日突然ことばの意味がガラッと変わるというのも、不自然な話」と締めくくりましたが、これは「モノ, コト」の関係でも見受けれます。
それが、この記事の主題である『思い違いの二点』の一つです。
- ① 『モノ(目的の消費)』は消滅して, 『コト(目的の消費)』だけになった
産業界で「モノ, コト」の概念が広まり出した1980年代には『モノからコトへ』という代表的なフレーズがありました。
この言葉を拡大解釈して、「モノ(目的の消費)」が既に消滅してしまったような印象を与える、一部のメディアや識者の方を見かけます。
「メディアや支援側」と「受け手」の立ち位置も関係している
かつて、明治維新で政治体制や文化に大きな変化が加わっても、日本の伝統文化は現在でも消滅していません。
「消費」という社会を構成する一要素に、明治維新よりも大きな変化があったとは考えにくい …… と思うのが合理的かと思います。
では、
なぜ一部のメディアや識者の方は、このような印象与えるのでしょうか?
… 私はメディアや支援側と受け手の立ち位置に、起因していると考えます。
ただし、これは「支援側」は何かしらの販売促進サービスを扱っていて、「受け手」が何かしら売上に困っている販売従事者とする場合ですね。
「受け手」の販売従事者の多くが未だに『モノ(目的の消費)』が続いている認識なので、もう時代は『コト(目的の消費)』なんだぞ!目を覚ませ!!と、
ある種のショック療法を施します。笑
「メディア」の発信も似たような図式です。
『モノ(目的の消費)』が成熟したので、新たな消費の流れとして『コト(目的の消費)』を読者に提示している …… といった具合です。
折り重なった消費の流れを端的に表す試みとして、かつてのセゾングループや流通・小売業界が提唱した『モノからコトへ』が、キャッチーで斬新な表現だったというのはよく分かります。
しかし、『モノ(目的の消費)』は消滅せず、現在でも地層の下で脈々と流れていると捉えるのが適切でしょう。
… 『コト○○』が80年代から特に定義もされずに産業界で使われてたとはいえ、ちょっと飛躍しすぎです。笑
※ メディアも支援側も、自社サービスを売りたいが為にある種の強引な表現をしているわけでは無く、立ち位置からそのような表現になるのかと思います。
② 「S-D ロジック」など, 他分野でも同じような概念が生まれた
こちらは①ほど散見されませんが、似たようなケースは多いので取り上げておきます。
- ② 「S-D ロジック」など, 他分野でも同じような概念が生まれた
(この記事で何度か紹介している)前の記事で、『コトづくり』について「平成25年度版の情報通信白書」を引用しました。
その別の箇所で気になったのが、P.31のこちらの線引きした箇所です。
上記の線引きした箇所を、下記に引用しました。
◆ 白書で『S-D ロジック』に言及した箇所
出典:総務省 平成25年版情報通信白書 31頁より
『マーケティングの分野では、「コト」という概念こそ使われていないが、現在の「コトづくり」の意味を考えるにあたって、サービス・ドミナント・ロジック(SDL)の考え方も重要である。』
平成25年の情報通信白書にて、「スマートICT」推進の動力として「コトづくり」を提言しているのですが、自説に添える補強材料として『S-D ロジック』という概念を用いた箇所となります。
「モノ, コト」と近しい概念のように紹介している、『G-D ロジック, S-D ロジック』についての説明も白書から抜粋します。
◆ 『グッズ・ドミナント・ロジック(GDL, G-D ロジック)』とは
出典:同上(総務省 平成25年版情報通信白書 31頁より)
→ 商品の交換価値に注目
→ 商品自体に価値を埋め込み、その交換価値を重視する
◆ 『サービス・ドミナント・ロジック(SDL, S-D ロジック)』とは
→ 製品やサービスを顧客が使用する段階における使用価値に注目して商品開発を行うべきという提案
→ モノとサービスを一体化させ、顧客が買ってくれた後の使用価値や経験価値を高めることを重視する
→ 企業と顧客の関係は商品を顧客に販売した段階で終わるのではなく、顧客が商品を使っているあいだ継続する
… 産業界で自然発生して特に定義の無い「モノ, コト」に比べて、ずいぶんと難しそうになってきました。笑
(この記事では、似ているんだな~程度の認識で大丈夫です)
それもそのはず、こちらの『G-D ロジック, S-D ロジック』は、学術界(北欧のマーケティング分野)から提唱されている概念です。
白書ではこの図のように『モノ ≒ G-D ロジック』と『コト ≒ S-D ロジック』を重ねて言及しているので、二つの概念がまるで同じような印象もあります。
自説の補強として、こじ付ける
先ほどの白書の引用を、もう一度確認してみましょう。
◆ 白書で『S-D ロジック』に言及した箇所(再掲)
出典:総務省 平成25年版情報通信白書 31頁より
『マーケティングの分野では、「コト」という概念こそ使われていないが、現在の「コトづくり」の意味を考えるにあたって、サービス・ドミナント・ロジック(SDL)の考え方も重要である。』
二つの概念がまるで同じような印象を持ちましたが、改めて引いた赤文字・下線の二か所にて、しっかりと断り書きを入れています。
上記の図解で説明しているように、いくら近しい概念だと感じても、明確に分けて扱うべきです。
その点で言うと、白書の断り書きは良心的とさえ言えますね。
… 出自の違う概念を乱暴に重ねてしまうのは、ミスリーディングを誘うだけではなく、自社ビジネスへの我田引水と非難されても仕方がないでしょう。
他分野へ少しでも敬意があれば、そんな軽々しく扱わないと思う次第です。
まとめ
「モノ〇〇」「コト〇〇」といった表現は面白いのですが、行き過ぎた思い違いあるあるの二点をピックアップしました。
- ① 『モノ(目的の消費)』は消滅して, 『コト(目的の消費)』だけになった
- ② 「S-D ロジック」など, 他分野でも同じような概念が生まれた
ピックアップした二点を掘り下げる前に、日本語での一般的な「もの, こと」を通して、産業界で育まれた「モノ, コト」の語源や意味を確認しています。
- ① 『モノ(目的の消費)』は消滅して, 『コト(目的の消費)』だけになった
消費の流れとして、前者に後者が折り重なるミルフィーユ状になっていると私は捉えていますが、あたかも前者が消滅したかのよう論調を見かけます。
これは「メディアや支援側」が、新たな消費の流れを「受け手」に提示(ある種のショック療法を含む)する …
という立ち位置に関係して、そのような表現になっているのでしょう。
- ② 「S-D ロジック」など, 他分野でも同じような概念が生まれた
「平成25年度版の情報通信白書」を引用しながら、近しい概念をさも同じように取り扱っていたら …
自説の補強として、こじつけている事も疑ったほうが良いでしょう!という、注意喚起となります。
今回は『モノ○○, コト〇〇』で散見される思い違いを取り上げましたが、このようなミスリードは様々な場面で目にするでしょう。
「むむっ?」と立ち止まって、考えてみる事も大事ですよね。