以前の記事で、私が「消費社会」という概念に触れた経緯を書きました。この分野の定番テキストとして名高い間々田孝夫先生(現在は立教大学名誉教授)の『消費社会論』の要約まとめもしておきます。

なぜ、私なりにこの記事を書こうと思ったのか?… それは間々田先生の論考が、最も安定していると考えるからですね。
(前記事でも触れたような他の論考は、年月を重ねて「消費社会」が変容した際、破綻してしまうものが多くなる印象です。)

 実はこのサイトの主題の一つである「買い手」については、こちらの『消費社会論』でほとんど言及されています。
… マーケティング職の方が好きな「消費者行動」からは、もう少し俯瞰した位置からの視点なので、なかなか面白いですよ。

この記事の凡例

 間々田先生の定番テキスト「消費社会論」は、有斐閣さんから初版2000年発行されています。

「消費社会論」有斐閣コンパクト

そして前著から20年の節目として、2021年には改訂版の「新・消費社会論」も発行されました。

「新・消費社会論」有斐閣



… 今回の記事は、これらより初学者向けの入門テキストを使用する事にします。こちらの放送大学2019年度開設科目の「経済社会を考える」です。

「経済社会を考える」放送大学出版


先ほどの「新・消費社会論」の帯に「3つの消費文化をキー概念とし」と書かれています。この放送大学テキストでは丁寧に「消費社会」の定義と共に、その「3つの消費文化」を取り上げます。

テキストと講義の流れは、「消費社会」と「産業社会」が共に影響をおよぼし、そして共に変化を繰り返しながら「経済社会」を形成していく様子が、興味深くまとめられています。


このブログ記事は前半の「消費社会(間々田先生の担当)」部分から、各章のまとめ記述です。後半の「産業社会(坂井素思の担当)」は、前半に触れると理解しやすいですよ。ぜひそのまま、学習を継続しましょう。


※1 こちらの授業は、市販のテキストの他にラジオ講座もあります。
興味のある方は放送大学の科目履修制度の他にある、 radiko のタイムテーブルもご参照ください。
(第1学期は4月1日, 第2学期は10月1日からのスタートで、全15回放送です)

※2 各章の最後に、日本の「消費社会」を象徴していると思われる『おまけ「消費社会とシブヤ辺り」』も合わせて紹介します。

以上が、皆様のご理解の助けになれば幸いです。

【前半「人類史上、初めて到達した豊かさ」】

 放送大学「経済社会を考える」の第1章~第7章が、『消費社会論』にあたる部分となります。そのうち第1章~第3章を前半パート、第4章~第7章を後半パートと分割しました。

【前半パートのポイント】

  • 経済と社会の間にある「経済社会」の考察(第1章)
  • 「消費社会」の定義と三つの要素(第2章)
  • 第1の消費文化(第3章)

本テキストのまえがきに記載されていますが、「消費社会(第1章~第7章)」「産業社会(第8章~第14章)」共に、それぞれ3つの段階に分けた図式です。

当記事で扱う「消費社会」パートにおいては、各段階の説明に入る前に定義と三つの要素が定められています。
大事なポイントなので、定義に基づいた各段階の流れを中心に、チェックしていきましょう。

◆ テキスト 第1章「経済社会をどうとらえるか」

 この授業はタイトルにある通りで「経済社会」、つまり「経済」と「社会」を関連付けて考察します。「経済」は扱う範囲が明確なのに対して、「社会」は漠然としたものです。

優れた経済学者の大家(アダム・スミス, カール・マルクス, マックス・ウェーバーなど)も、幅広く「社会」の枠にまで広げて分析しています。20世紀後半になると、「経済」と「社会」はますます複雑化したため、さまざまな研究分野が発展しました。

本テキストの構成も、そのような動きを継承したものです。

関係性としては「社会」を全体として捉えた場合に、部分である「経済」が作用して影響をおよぼす範囲までを扱うのが、「経済社会」となります。(P.15の図1-1)

まとめると、「社会(全体)>経済社会(消費と産業)>経済(部分)」という図式ですね。


 あと、この章の半ば辺りにある大事なポイントですが、長い人類の歴史を通して到達した「豊かさ」の段階についてです。

非常に大きく分けた段階が、下記になります。

  • 第一の大きな変化(採取経済から農業経済)
  • 第二の大きな変化(産業化, 工業化とそれに関連する社会的変化)
  • 第三の大きな変化(産業化の成功が、ある種の限界をむかえた)

多数の人々がこれだけの豊かさを享受できるのは、人類史上でも画期的な到達点となります。しかし、同時に目標を失うのも、人類史上で初めてのことです。

「産業」はこれ以上多くの物を生産しなくても済み、「消費」も特にこれといって欲しいものが無いという時代に直面します。

… この点については、授業が進むと深堀りしていくポイントなので、少しお待ちください。

おまけ「消費社会とシブヤ辺り」

渋谷のスクランブル交差点(2022年12月7日撮影)
渋谷のスクランブル交差点(2022年12月)

 前述しましたが、各章の最後に『おまけ「消費社会とシブヤ辺り」』コーナーを設けます。

2020年代に入った現在はもちろんですが、戦前の明治後半から交通網が整備され発展してきた渋谷は、日本の「消費社会」を俯瞰する点でふさわしい地域だと思い選定しました。

… そんな視点で見ると、お馴染みのスクランブル交差点からも、いつもと違った趣が感じられますね。

◆ テキスト 第2章「消費社会とはどのような社会なのか」

 この章で「消費社会」の定義が出てきます。その前に消費と豊かさの関係に気を付けねばなりません。

日本でも戦後からの復興まで、食べ物すら不足していた時代がありました。その後の高度成長期を経て、多くの人は量的に伸びるだけでは、豊かさの実感が湧かなくなった … というのが実情です。

例えば、毎食の食事を今の2倍食べられたとしても、多くの人は魅力を感じないでしょう。もっと美味しい、また珍しい食事のほうが魅了を感じるはずです。

「量は満たされた」ので、「質を高めよう」という変化です。

 また、消費は豊かさだけではなく、同時に弊害や悪影響をともなっている点を留意すべきです。環境問題や身体への影響も指摘されています。
… これらは、単純に消費の量が「増えた!」「減った!」では、捉えられない問題ですね。


 このように、「消費の量」は消費の状態を表す唯一の指標とは言えなくなり、考えるべきことは「消費の質」や消費をとりまく社会問題にまで広がっています。

現在の消費やその問題に向き合うため、本テキストでは「消費社会」という言葉を用いて、下記のように定義しています。

◆ 「消費社会」の定義と三つの要素

・定義『消費社会とは, 人々が消費に対して強い関心をもち, 高い水準の消費が行われており,それにともなってさまざまな社会的変化が生じるような社会である

・定義を構成する三つの要素『①物質的要素, ②精神的要素, ③社会的要素

出典:「経済社会を考える」放送大学教育振興会

… 上記の定義と三つの要素は、この授業で大事なポイントとなります。初見だと、目で追ってもどこかにスーッと抜けてしまいがち?な箇所なので、詳しく見てみましょう。


 この定義はこの章で述べられた、消費のあり方や複雑化した背景をコンパクトに表現したものです。定義には「消費社会」を構成する三つの要素が含まれています。

  • ①物質的要素
  • ②精神的要素
  • ③社会的要素

これらの三つの要素を、定義にそれぞれ当てはめると下記のような構成となります。

『消費社会とは,②人々が消費に対して強い関心をもち(精神的要素),①高い水準の消費が行われており(物質的要素), それにともなって③さまざまな社会的変化が生じるような社会(社会的要素)である』

下記にて、各要素の説明を加えます。

①物質的要素は、「消費社会」が消費水準の高い豊かな社会である事を示す、前提条件と言えるものです。 

20世紀の間に多くの人が、必要最低限以上の消費をするようになりました。これは人類の歴史上から見ても、経験したことのない画期的な時代と言えるでしょう。
それまでは多くの人が飢えや貧困と隣り合わせだったことを考えると、「消費社会」を構成する前提条件とすることがうなずけます。

②精神的要素は、消費に強い関心を持つことが、決して後ろめたいもので無くなった事を示しています。人々が消費に対して肯定的な態度になり、以前のような質素かつ禁欲的な態度こそが道徳的という風潮は弱まりした。

いわゆる、この「消費主義」と呼ばれた態度は、②精神的要素の中心と言えます。しかし、際限のない消費や浪費的な態度という側面は、一部で批判の対象となりました。

③社会的要素は、消費の量的変化を支えるための制度や企業の取り組みや、社会に及ぼす多くの影響などをまとめています。

これらは、消費社会を支えるような変化と、消費社会を不安定化させる二つの変化と捉えられています。

 定義や三つの要素に照らすと、「消費社会」がクッキリ浮かび上がります。しかし、その以前に「消費社会」らしい現象(後述する各段階とその文化)が見られなかったかというと、そうではありません。

「消費社会」はそれらが目立って現れた時期で、多くの人に普及したことを意味しています。以前は富裕層など一部の人に見られた消費だったケースもあり、「消費社会」に引き継がれていると考えるほうが自然です。

また、「消費社会」に到達したらその特徴は固定的で変化しない、という考え方も無理があります。毎日の変化はわずかながらでも、年数を重ねるうちに大きな変容となっています。

「消費社会」に到達して、以前とどのように変化したのか? またその後「消費社会」はどのように変容していったのか?という二つの視点が重要になります。

本テキストでは、後者に重点を置いています。次の章から各段階を詳しく見ていきましょう。

おまけ「消費社会とシブヤ辺り」

「白根記念渋谷区郷土博物館・文学館」の外観
「白根記念渋谷区郷土博物館・文学館」の外観


 こちたが、前章でアナウンスした『おまけ「消費社会とシブヤ辺り」』となります。

当初は東京を中心として江戸東京博物館さんの常設展示あたりから、話題を広げようと思っていたんですよね。
… ところが、その江戸東京博物館さん、2022年4月より長期間の大規模改修工事に入ってしまいました。泣

しかししかし、よくよく考えてみると、渋谷以上に日本で「消費社会」の変容があった地域って無いのでは?と思い至ります。

地域としての渋谷(シブヤ)は、次章で紹介する「消費社会」前夜である戦後のヤミ市とワシントンハイツ(後述)の対比から、東京オリンピックを契機にした整備や復興、その後の発展も含めて「消費社会」の変容を体現しています。


そんな視点からも、こちらの渋谷区郷土博物館さんや、渋谷区制施行90周年記念誌「渋谷区のちから。」の紹介も交えてお伝えします。

「渋谷のちから。」の表紙カバー
渋谷区制施行90周年記念誌「渋谷のちから。」の表紙カバー
※クリックで電子書籍が開きます

◆ テキスト 第3章「豊かな社会の出現 ー消費社会の第1段階ー」

 「消費社会」の成立は、工業を中心とする「産業化」と密接な結びつきがあります。産業化は18世紀からの長い歴史を経て、20世紀には消費者に直接の恩恵をもたらせました。

便利な機械製品の普及、機械製品以外の消費財、物では無い商品やサービス、それらの低価格化 …などが挙げられます。これらの現象は、生産側からみれば「高度産業化」となり、消費側からみると「消費社会化」したと言える関係となります。

このような時代を「消費社会の第1段階」と設定します。前章で示した、①物質的要素, ②精神的要素, ③社会的要素が揃い、大衆として生活の豊さを実感できる時代の到来です。

 真っ先にこの段階を達成したアメリカ(第二次大戦の戦勝国)に遅れて、日本(敗戦国)は1945年のゼロ状態からの復興を経た1960年代ごろに「消費社会の第1段階」に到達しました。

復興の過程は奇跡的と言われるほど順調で、1956年の経済白書には「もはや戦後ではない」と記されています。その直後から「三種の神器」と呼ばれたテレビ, 電機洗濯機, 電機冷蔵庫、「3C」と呼ばれたカラーテレビ, クーラー, 自家用車の普及が続きました。

そして、これらの耐久消費財の普及にとどまらない衣食住の消費財に加えて、余暇活動(旅行やスポーツ)にも目が向けられています。

この一連の消費の拡大は「消費革命」と呼ばれるほどの強烈なインパクトを人々に与えました。

三種の神器(白黒テレビ, 冷蔵庫, 洗濯機)
三種の神器(イメージ)


 「消費社会の第1段階」は、産業と密接な関係があります。しかし、消費は「産業化」以外にも影響を受け、変化が生じる事にも目を向けるべきでしょう。

視野を広げるためにも、消費者はそれぞれ各段階で何を実現したのか、どのような意味を持ったのかをハッキリさせる必要があります。

… そこで、ここからは消費の「タイプ」という意味合いで、「消費文化」という言葉を用います。(今後、消費社会が変容した際に分析のきっかけとなるからです。)

「消費社会の第1段階」で現れた消費タイプは、具体的に下記の二つの原則に基づいています。

◆ 「第1の消費文化」の原則

・第1原則 機能的価値をより高い水準で実現することを目指す。
・第2原則 消費の量的拡大を志向する。

出典:「経済社会を考える」放送大学教育振興会

第1原則「機能的価値」は、前述した消費財の普及により実現したものです。生命の維持に必要だったり、便利で効率的な消費財が大衆レベルまで普及しました。

その後に続く「より高い水準で実現」とは、産業の発展により日進月歩で進化する消費財を求める様子と言えるでしょう。

第2原則は、日本においては戦後のモノの無い時代を経た事を、しっかり念頭に置く必要があるかと思います。ぜいたくを敵とみなした禁欲的な態度から、消費は量的に多ければ消費者を幸福にするという考え方に到達しました。

少しでも多くの物を手に入れようと、懸命に働いて所得を増やそうとした時代。そんな「消費社会の第1段階」では、機能的価値が重視され量的な拡大を求めました。

これらの「第1の消費文化」が、「消費社会の第1段階」の中心となっています。

おまけ「消費社会とシブヤ辺り」

 2020年代に入った現在では、なかなか「消費社会の第1段階」の実感がわきにくい?かと思います。そんな方は、前述の渋谷区郷土博物館さんの常設展示が参考になりますよ。

こちらの「ヤミ市から始まった戦後の復興」というコーナーでは、パネルで左側に「終戦直後の渋谷の暮らし」と対比させて、右側に「ワシントンハイツと国際交流」と明暗くっきりに説明がされています。
(初めて見た時には、残酷とも言えるその対比にビックリしました)

その展示パネルのタイトルが秀逸で、『窮乏生活に耐えた戦後 …そこには「別世界」があった。』とあります。

渋谷のヤミ市は現在の渋谷駅周辺で、かつての盛り場が自由市場として機能していたようですね。そして、敗戦後の陸軍代々木練兵場後に建設されたのが、通称「ワシントンハイツ」となります。こちらは進駐軍兵士と家族用の住宅で、現在の代々木公園とNHK放送センターの一帯を占めていました。

※展示パネルは現地でのお楽しみとして、今回は渋谷区制施行90周年記念誌「渋谷区のちから。」を参照します。
下記の写真群から1940年代から「ワシントンハイツ」の様子をご覧ください。

「渋谷のちから。」の第四章 写真で振り返る90年の渋谷区史(1930年~1960年)
出典:渋谷区制施行90周年記念誌「渋谷区のちから。」
※クリックで電子書籍が開きます


あと、補足として下記に埋め込みましたが、ワシントンハイツと現在の比較動画がありました。画面の上部が現在の代々木公園で、下部がNHK放送センターや代々木体育館の敷地となります。この広大な敷地の中には学校や協会、食品スーパーはもちろんで何とプールや野球場なども併設されていたそうです。

敗戦後、GHQ統治下の日本人が窮乏生活を強いられる中で、ゲートから出てくるカラフルなアメリカ車や文化スタイルを見せつけられていた …という図式ですね。


 戦後復興の道のりは、先人による苦難を乗り越えてきた経緯があります。「消費社会の第1段階」に至るまでの「前夜」として、今回だけ範囲をシブヤから東京に広げましょう。

下記の東京都チャンネルから当時の広報映像(「東京のあゆみ あれから13年」(昭和34年(1959年)制作)が参考になるかと思います。
※約30分の動画なので、歯車マークから2倍速などもご活用ください。


… この映像を見ると、その後の日本が「消費社会の第1段階」に到達した達成感や高揚感は、相当なインパクトだったと想像されますよね。本当にジーンとして、頭が下がる思いをしました。


 さてさて、話を渋谷区郷土博物館さんの展示に戻しましょう。「ヤミ市から始まった戦後の復興」の次のコーナーにて「東京オリンピックの開催と近代化への発進」に続きます。

前述のワシントンハイツの返還や、高度成長に弾みをつけた都市計画の整備なども「消費社会の第1段階」イメージの形成に役立つ展示となっています。おススメです!

また、先ほどの「東京都チャンネルの動画(#昭和の東京シリーズ)」も参考になるかと思います。東京オリンピック関係など、色々と漁ってみてください。


【後半「混迷期から成熟した消費社会」】

 前半は人類史上で初めて到達した豊かさとして、「消費社会」の定義やそれに基づく「消費社会の第1段階」までを見てきました。後半パートは、第4章~第7章の部分となります。

【後半パートのポイント】

  • 第2の消費文化(第4章)
  • 第3の消費文化(1)(第5章)
  • 第3の消費文化(2)(第6章)
  • 『消費社会論』まとめ(第7章)

ここからは「消費社会」が混迷期を経て成熟していく様子を見ていきましょう。

◆ テキスト 第4章「試行錯誤する消費 ー消費社会の第2段階ー」

 「消費社会」の成立(定義と三つの要素)は、華々しく人々の生活を一変させました(消費社会の第1段階)。しかし、「消費社会」はそのまま発展し続けたのでしょうか。

結論から言うと、豊さの追求が一段落しました。成長の目玉となる新しい耐久消費財などが見当たらなくなり、次に何を求めるかが明確で無くなった …という図式です。

「豊かさ」の概念の変化は、その傾向がハッキリと表れています。テキストでも紹介されている「国民生活に関する世論調査(内閣府)」のある項目を見てみましょう。

[参考]これからは心の豊かさか、まだ物の豊かさか(時系列)出典:国民生活に関する世論調査(平成30年6月)
[参考]これからは心の豊かさか、まだ物の豊かさか(時系列)
出典:国民生活に関する世論調査(平成30年6月)
※クリックで拡大

世論調査の質問項目の一つがこの「これからは心の豊かさか、まだ物の豊かさか」で、各所で引用される有名な調査結果です。

グラフを見ると、昭和50年代(1975年~)に入り「物の豊かさ」と「心の豊かさ」が拮抗しています。しかし昭和60年代(1985年~)には、20%ほどの差をつけて「心の豊かさ」が上回るようになりました。

… たった10年の間に「豊かさ」の感じ方が変化していますね。
※個人的には、質問が少し誘導的かな~とは思います。

 このような変化が生じた時期を、「消費社会の第2段階」と捉えます。耐久消費財と衣食住が豊富になっただけでは、人々が満足しなくなったことを示唆しています。
イングルハート(アメリカの政治学者)はそれまでの「物質主義」とは異なる方向性を、「脱物質主義」と呼びました。

前述の世論調査が開始されたのは昭和47年(1972年)ですが、翌年に第一次オイルショックが起きています。戦後はじめてのマイナス成長となった事も、消費への意識変化に影響があったのでしょう。

この頃、日本の研究者やマーケティング従事者がさまざまな分析を行い、その中で「モノ離れ」も指摘されています。

オイルショックという明確な区切りもあり、日本では「消費社会の第1段階」と同じように「消費社会の第2段階」も、大きくはっきりとした変化として実感されました。
(ここで注意したいのは、第1段階が丸ごと衰退したのではなく、第1段階だけを求める傾向が衰退したということです。)

 「消費社会の第2段階」は、「無くても済むものの消費」に関心を寄せる消費者を大幅に増やしました。この状況について、前述の研究者らの見方は大きく二つに分かれます。

一つは「無くても済むものの消費」は人間を幸福にして、より人間らしい文化的な生活を送れるという立場です。もう一つは、人間にとって無用で退廃的な消費と捉えて、その限りない欲望を批判する立場です。

日本では後者の見方が主流となりました。「消費社会」が急速に発展したために、成立前までにあった旧来の社会秩序を脅かしかねないと感じられたのでしょう。

 このような見方が強まった背景に、外来の思想も深く関わっています。

その一つがヴェブレンの唱えた「見せびらかしの消費」という思想です。経済・社会学者だったヴェブレンは、19世紀末のアメリカ社会の富裕層の間で「見せびらかしの消費」が広く見られたと説きました。

富裕層の富や地位といった優位性を誇示する消費は、意味が乏しく真の幸福とは言えないとしています。

そのヴェブレンの思想を発展させたのが、フランスの社会学者・思想家のボードリヤールです。「消費社会の第2段階」に入るころ、見せびらかしの消費を一般化して「記号的消費」という見方を示しました。

ボードリヤールは何かを伝える暗黙のメッセージである「記号的消費」を用いて、消費が優位性を誇示するだけではなく、自分を目立たせたりとした「差異を求める消費(差異化)」が強まっている事を指摘しています。

特に後者の「記号的消費」は、日本では社会学者を中心に広く受け入れられました。

 これらの外来思想は「消費社会」を理解するための基本的視点と考えられ、「第1の消費文化」はあまり考慮に入っていなかった感があります。

… その問題を検討するために、本書では「第2の消費文化」として二つの原則を提示しています。

◆ 「第2の消費文化」の原則

・第1原則 関係的価値をより高い水準で実現することを目指す。
・第2原則 非機能的な消費行為または非慣習的な消費行為を自己目的的に追求する。

出典:「経済社会を考える」放送大学教育振興会

第1原則は、先ほどの「見せびらかしの消費」を一般的に述べたものです。「関係的価値」は、高い地位や他社より優れているなど、他者や集団との関係を明確にする態度を表しています。

第2原則は、「記号的消費」を内包した「差異を求める消費(差異化)」を示しています。他者や集団との関係から離れ、普通とは違うものや新しいもの等を求める点において「自己目的に追求」することが特徴となっています。

これらを広く受け止めた社会学者らは、「消費社会の第2段階」では「第2の消費文化」が主流になっていると考えました。

 しかし、詳細に検討してみると、決してそうでは無かった事が分かってきます。

「第1の消費文化」の特徴であった耐久消費財の普及が伸びていたり、「第2の消費文化」が示唆するようなモノの氾濫とは関係無さそうな消費(教育や旅行など)が地味に伸びています。

また見せびらかしと思えない消費(健康や安全につながる衛生用品や薬品など)が増加し、見せびらかしの中心となる消費(ファッションなど)はイメージほどの伸びは見せていませんでした。

※総務庁統計局「家計調査」, 内閣府「消費動向調査」より

 このように見てくると、「消費社会の第2段階」は「第2の消費文化」が中心だったという見方が不自然な解釈だったと理解できますね。

この「消費社会の第2段階」は、消費社会が過渡期をむかえた、試行錯誤の時期だったと見るのがふさわしいでしょう。

おまけ「消費社会とシブヤ辺り」

「白根記念渋谷区郷土博物館・文学館」の2F「渋谷年表」
「白根記念渋谷区郷土博物館・文学館」2Fの「渋谷年表」


 渋谷区郷土博物館さんは、『消費社会論』の視点からもホントに充実した展示内容だと思います!

上記の写真はエレベータから上がったエントランス部分で、右回りの展示の最終コーナーです。前述のヤミ市やワシントンハイツからの東京オリンピック展示を経て、1960年代から2000年代までの「渋谷年表が壁面にまとめられています。

… 今回のこのコーナーは「消費社会の第1段階」から「消費の第2段階」までに当たる部分を(一部だけ)抜き出して紹介します。

【消費社会の第1段階(1960年代ごろ~1970年代半ば)】

  • 1960「百貨店が人の流れをよびよせる」
    (大文字表記)
    代々木からアメリカ文化の風が吹く
    大人めかして深夜の街へ
    (中文字表記)
    原宿族
    小劇場渋谷ジァンジァン

  • 1970「渋谷が若者とファッションの街になる」
    (中文字表記)
    渋谷センター街

【消費社会の第2段階(1970年代半ば~20世紀末)】

  • 1975「ファッションビルは流行の発信地」
    (大文字表記)
    一大イメージチェンジ成功 公園通りにぎわう
    竹下通りでクレープ召しませ
  • 1980「大人のカルチャーゾーン出現」
    (大文字表記)
    原宿ブランド一世風靡
    ホコ天は若者たちのステージ
    (中文字表記)
    竹の子族
    ミニシアター
  • 1990「IT・アミューズメント・エンターテイメント」
    (大文字表記)
    渋カジは品よくさわやか
    マルキューは少女の聖地
    キーワードは「渋谷系」
    (中文字表記)
    渋カジ流行
    ビットバレー(IT企業集積)


省略しましたが、「渋谷年表」には小文字表記も散りばめられています。ぜひぜひ、現地でお楽しみください。

◆ テキスト 第5章「内と外に向かう変化の波 ー消費社会の第3段階(1)ー」

 『消費社会論』の山場である「消費社会の第3段階」は、本章と次章の2回に分かれています。先ずは前半部分から見ていきましょう。

 「消費社会の第3段階」が存在するということは、第2段階に何らかの変化が生じています。試行錯誤の時期から、新たにどのような特徴が現われたのでしょうか。

こちらは全部で五つの特徴が指摘されています。

  • ゆるやかながらも経済成長が続き、消費の拡大が続いた
  • 「次に何を求めるか」が明確でなくなった時期を経て、パソコンや携帯など(IT商品)が普及した
  • 「何らかの心理的な意味を持つ消費」が目立って増えてきた
  • 消費社会が与える影響(環境問題や南北格差など)に対して社会的、倫理的な消費を目指す動きが現われた
  • 所得の格差が拡大して、さまざまな階層が異なる消費パターンを示すようになった

「消費社会の第3段階」につながる特徴は、第二~第五となります。ここで注目すべき変化は、太字にした第三と第四の特徴です。これらを詳しく見てみましょう。

 第三の特徴として、「消費社会の第2段階」が経過するにつれ「無くても済む消費」が目立って増えてきました。例えばおしゃれなカフェで時間を過ごすような消費です。他にこのような消費としては、スポーツや旅行, 娯楽施設での消費, 生涯学習, 美術鑑賞 etc.… などなどすべて同種のものと言えます。

「消費社会の第1段階」で見られたような、生存のために必要な消費や機能的価値を持つ消費とは違って、何か内面的な意味を持つものと考えられました。

 この内面的である「無くても済む消費」をどのように解釈するかについて、二つの解釈があります。素直に受け止めると、精神的により豊かに過ごすための好ましい消費という見方ができますね。

しかし、(前章でも触れましたが)西欧諸国や日本では「記号的な消費」で「見せびらかし」と捉えられ、前者の見方は軽視か否定される論調が主流でした。
… さて、二つの解釈でどちらが正しいのでしょうか?

結論として、「どちらも正しい」となります。

なぜなら、どちらの解釈にも当てはまる人はいるし、その時々で両方の意味で消費している事が考えられるからです。一つに限定することは困難であるし、どちらかが優勢だと考えられる場合もあるはずです。しかし、検討もおろそかにして、頭ごなしに決めつける態度は正しいとは言えないでしょう。

その後の消費傾向を見ても、消費はさまざまな精神的充足の求める(前者の)比重が高まったと考えられます。

 第四の特徴の背景として、先ずは環境問題や南北格差が深刻化している事実に目を向けねばなりません。
「消費社会」は拡大と深化を続けましたが、これまでのように消費を増大させて良いのか?という疑問が生じます。

その環境問題の中でも、最も重要な問題として取り上げられるのが「地球温暖化問題」です。主要原因は温室効果ガスがその中心です。
その二酸化炭素の排出量は産業活動と密接な関係にあり、消費が増加するほど多くなります。

他方で、地球の北側にある先進諸国と、多くが南側にある発展途上国の格差の格差を増大してきました。その要因の一つとして、低価格で不安定な原材料価格や、低賃金労働の問題が指摘されています。

これらはもちろん、仕入れ価格を極力低下させながら、同時に利幅を大きくしたいという企業の思惑です。

言うまでもなく、環境問題や南北問題はマイナスの方向です。これらの問題から「消費社会」がおよぼす影響は、消費者が(いつの間にか)加害者になりうるだけに止まらず、同時に被害者でもあります。

 … ここまで見てきた「消費者基の第2段階」から生じた変化(第三と第四の特徴)から、「消費社会の第3段階」の輪郭が見えてきました。

性質の異なる二つの変容が生じた段階こそが、「消費社会の第3段階」の本質となります。

おまけ「消費社会とシブヤ辺り」

 前回のこのコーナーでは、渋谷区郷土博物館さんの「渋谷年表」から「消費社会の第1段階」から「消費社会の第2段階」までに当たる部分を(一部だけ)抜き出して紹介しました。

今回は成熟期をむかえた、「消費社会の第3段階」に当たる部分です。

【消費社会の第3段階(20世紀以降~)】

  • 2000「渋谷新世紀」
    (大文字表記)
    大人も若者も集う街に

実際の展示は(小文字表記)もあるので、現地に足を運んでお楽しみください。

「渋谷のちから。」の第四章 写真で振り返る90年の渋谷区史(1970年~2020年)
出典:渋谷区制施行90周年記念誌「渋谷区のちから。」
※クリックで電子書籍が開きます

前にも紹介した「写真で振り返る90年の渋谷区史。」後半部分でも、第2段階から第3段階に移行する時期の写真や説明があります。こちらもご参考にどうぞ!

◆ テキスト 第6章「新しい消費文化の誕生 ー消費社会の第3段階(2)ー」

 この章から「消費社会の第3段階」の後半部分に入ります。先ずは前章で見てきた内容として、以下の二つの原則を見ていきましょう。

◆ 「第3の消費文化」の原則

・第1原則 文化的価値をより深く、あるいはより幅広く追及しようとする。
・第2原則 消費が社会に与える好ましくない影響を回避しようとする。

出典:「経済社会を考える」放送大学教育振興会

 第1原則にある「文化的価値」は、「楽しいもの, 充足感を感じるもの(無くても済む消費)」を言い表しています。… こちらは既に試行錯誤の「消費社会の第2段階」に現れていましたが、社会学者や文化人らに認められていなかった価値ですね。

テキストの定義を引用すると「人びとが消費を通じて何らかの主観的に好ましい精神状態を実現する時、そのような消費の価値を示すもの」とあります。

※ただし、ここには「生理的価値(消費社会の成立前)」「機能的価値(第1段階)」「関係的価値(第2段階)」による精神的充足感は含まないので注意しておきましょう。

上記より続く「より深く、あるいはより幅広く」の部分は、「文化的価値」が数値で表しにくいので、このような相応しい表現になっています。

 第2原則は、前章で触れた「消費社会が与える影響(環境問題や南北問題)」について、積極的に解決しようとすることを表しています(社会的価値)。

このような、好ましくないマイナスの影響が顕在化した時期と同じくして、それを除去, 回避しようとする消費の動きが現われました。具体的には、二酸化炭素の排出を減少させる消費などです。

 「第3の消費文化」の二つの原則は、無関係か矛盾しているように感じるかも知れません。例えば第1原則は積極的に消費をして、第2原則は消費の楽しみを放棄するようなイメージです。

しかし、発達した「消費社会」下において、二つの原則は必然的に追求されるとの判断です。十分な配慮に基づけば、二つの原則は両立しうる …と考えられています。

すでに「消費社会」は精神的な価値を実現しようとしているので、「物(モノ)」が必ずしも必要とされていない段階に入りました。前述の第1原則は、言い換えるとマイナスの社会的影響を伴わない消費とも言えるでしょう。
… このような一連の消費を「文化的消費」としています。「文化的消費」は第1原則の文化的な価値の実現にとどまらず、第2原則(社会問題)に配慮した消費とも共生できるものです。

そして、この第2原則を実現しようとする消費を「社会的消費」と言います。社会的に好ましくない影響を避け、あるいは積極的に好ましい影響を与える消費を意味しています。
これまでの消費が利己的だったのに対して、社会的配慮に基づいた消費は「消費社会」において非常に画期的な発想の転換をもたらせました。

具体的な潮流としては、20世紀の終わりに近い頃から「グリーンコンシューマリズム(環境に配慮した消費を促す思想)」や「フェアトレード(先進国と発展途上国の不平等を改善する貿易)」などが広がっています。

この「社会的消費」の広がりで注目すべき点は、その多くが「文化的消費」との両立を実現している事です。前述のグリーンコンシューマリズムやフェアトレードも、消費の楽しみ(文化的消費)を含んだ形が見られます。
例えば「環境に良くデザインも良い衣服」や「児童労働をしていない農園のコーヒー」などが挙げられます。

また、「文化的消費」と関連しない「社会的消費」の分野や方法も増えています。例えば、電化製品や家具などの「リユース(再利用)」や車や民泊などの「シェアリングエコノミー(遊休資産の活用)」などが挙げられます。

 試行錯誤の時期(第2の消費文化)を脱して、これらの文化的消費(第1原則)と社会的消費(第2原則)が手を携えて、現在の消費文化(第3の消費文化)を形成しつつある点を見てきました。

いよいよ次回は最終章のまとめとなります。

おまけ「消費社会とシブヤ辺り」

 次回はまとめなので、こちらの『おまけ「消費社会とシブヤ辺り」』コーナーも、今回で最終回です。参照した電子書籍「渋谷区のちから。」も良かったのですが、ぜひぜひ渋谷区郷土博物館さんにも足を運んでいただけたらと思います。

… 新たな視点で、シブヤを散策してみてください。

こちらに埋め込んだ渋谷区の公式PR動画を通しても、これまで見てきた「消費社会の第1段階」「消費社会の第2段階」「消費社会の第3段階」といった、シブヤの成熟過程が感じられますね。

(動画にて「IT企業の集積」に触れていますが、次章でちょうど「IT(情報技術)」を扱います。)


… 因みに私は録音した講義「経済社会を考える」を2倍速で聞きながら、シブヤを中心に東京をウロウロと徘徊するのが趣味なんです。笑
特にテキスト前半の『消費社会論』視点から見るシブヤ歩きは、楽しいのでおススメですよ。

「ワシントンハイツ」新潮文庫

こちらのコーナーでは主に『消費社会論』をより楽しもうと、シブヤを絡めてみました。最後に付け加えますけど、先だって「消費社会」を達成した戦勝国のアメリカと戦後の日本も興味深い比較対象です!

名著「ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後」を携えて、代々木公園から表参道あたりを散策するのも、また視点が変わって楽しいかと思いますね。

◆ テキスト 第7章「消費社会はどのように変化するのか」

 ここまで「消費社会の定義」から、「消費社会の第1段階~第3段階」を見てきました。この章はまとめ的な位置づけです。
各段階の重層性や、ここまで触れていなかった「IT革命」の影響を考えます。

 「消費社会」の各段階を順に追ってみると、それ以前とは大きく異なっている事が分かりました。しかし、前の段階が無くなるのか?、又は無くならずに新しい段階が加わるのか?という疑問が浮かびます。

なぜなら、第1段階や第2段階の特徴が、今でも続いている気がするからです。複雑な問題なので、順番に見ていきましょう。

 先ずは、第1段階から第2段階です。目ぼしい耐久消費財が少なくなったとはいえ、第1段階の特徴であった便利さ, 快適さ, 量的な豊富さは、第2段階でも引き続き求められました。

しかし第2段階に入ると、前述の消費が豊かさや幸福度を感じにくくなっています(「国民生活に関する世論調査)より」。ただし、これはあくまで「心理的」な特徴であって、消費されるものが減少したという意味ではありません。

 次に、第2段階から第3段階はどうでしょうか。そのまま、便利さ, 快適さ, 量的な豊富さでは、豊かさや幸福度を感じにくい状態であり、さまざまな消費の可能性を求めています。
また、第1段階から引き継がれた便利さを求める消費傾向は、この第3段階まで引きつかがれています。

最後に、第3段階で加わった新しい特徴は、「社会的消費」と「文化的消費」です。特に「社会的消費」は、これまでほぼ見られなかった社会的影響に配慮する考え方が、大きく広がっています。

そして「文化的消費」は、見せびらかしの消費などから切り離されて、社会的な承認を得た事が特筆すべき点となります。

 … 以上から、「消費社会」は前の段階を引き継ぎながら、新しい要素を加えて変容していた事が分かります。その意味で言うと「重層的な変化」を繰り返していると見るべきで、前の段階をそっくり否定するわけではありません

  または逆の見方として、新しい段階の消費は、以前の消費の段階に存在したのかという疑問が浮かびます。
これについては、第2段階で見られた趣味的なレジャーや「見せびらかしの消費」は既に第1段階で見られていて、第3段階で見られた「文化的消費」は前述の趣味的レジャーに見られています。

「社会的消費」についても、消費がマイナスの影響を与える事については第1段階で認識され、第2段階ではリサイクル運動などが一部で始まっていました。

 このように考えてくると、「消費社会」の各段階を区切る意味が無さそうに感じられますが、ここで重要なポイントは「各段階で変化する力点」を理解することです。

一つの消費行為に、複数の消費文化が重なりあっている場合もあり、ここでも力点は変容しています。かつて「消費社会の第2段階」で、識者による一方的に決めつける見方が流行しました。講義全体でも何度か言及していますが、特にラジオ放送でその点を強く批判してたので、以下に書き起こします。

単純で先入観に捉われた「消費社会」の捉え方(批判)

坂井先生「(承前)しかしどんな消費財でも「三つの消費文化」が重なり合っていると言えるのでしょうか。例えば、先ほど重なっていても強い, 弱いで表現していたように思いますが、いずれか一つが強い、あるいはほとんどいずれかの消費文化に該当するというような偏った消費文化の現われ方が起こる可能性はあるんじゃないでしょうか。」

間々田先生「良い質問をしていただきました。確かに重なり合っているとは言っても、その中でどの要素、どの消費文化が中心になっているかは、様々でしょう。ほとんど「第1の消費文化」というのもあれば、どうみても「第3の消費文化」だというようなものもあるかと思います。しかし、私が重なり合いというのを強調するのは、「消費社会」をいずれかの消費文化が圧倒的である、ほとんどこれしかないというように、割り切って捉える見方に反対しているからなのです。「消費社会」の分析では、その重なり合いがどのような状態にあるかを慎重に見極めなければならず、その作業を怠ると単純で先入観に捉われた「消費社会」の捉え方に陥ってしまいます。」

坂井先生…… ちょっと待ってください。今おっしゃった『単純で先入観に捉われた「消費社会」の捉え方』はかなり批判的な指摘だと思うのですけど、それは具体的にはどういう人に対しての間々田さんの批判がそこで現れたのかを、もう少し言っていただけるとありがたいと思います。」

間々田先生その一つは第4回(第4章)の授業で紹介したヴェブレンやボードリヤールの考え方です。彼らは「消費社会」における消費というものを「第2の消費文化」として割り切って捉えましたが、その捉え方によって「第1の消費文化」というものの存在が見落とされてしまってしまったし、「第2の消費文化」が実は「第3の消費文化」と重なり合っているという事実を無視してしまいました。そのために最近になると、だんだんと「第3の消費文化」が「第2の消費文化」から独立して拡大したことにも気づく事ができなかったのです。もう一つは「マクドナルド化」という考え方です。(以下略)」

出典:「経済社会を考える」放送大学ラジオ放送より


…ラジオならではのやり取りで、しっかりと批判されていましたね。重なり合う傾向として、主に「第2の消費文化」と「第3の消費文化」顕著に現れますが、その両方を認めて安易にどちらかに決めつけない姿勢は重要になります。

この重なり合いは、「第1の消費文化」と「第3の消費文化」にも見られ、アメリカの社会学者のリッツアが「マクドナル化」としています。「機能的価値」がさまざまな消費に侵入している、素っ気なく行き過ぎた消費だと警鐘を鳴らすのですが、こちらは「第1の消費文化」を過大評価しています。

偏った正しくない見方を避けるためにも、どちらかしか認めないような態度は捨てるべきですね。

情報革命(イメージ)


 最後に「消費社会」と IT(情報技術)との関わり合いです。こちらも「第1の消費文化」と「第3の消費文化」の重なり合いが見られます。
「情報革命」などと言われて久しい昨今です。ここ最近でも DX(デジタルによる変革), AI(人工知能),  IoT(モノのインターネット), ビッグデータの活用など技術革新の話題が絶えない分野でしょう。しかしながら、消費との関わりに関しては慎重に考える必要があります。

 実は、産業と技術の範囲でとどまる分野であれば、結局は生活が便利になった …という一言で済んでしまいます。これは「第1の消費文化」の延長線上にある、「機能的価値(便利さの追求)」に新しく加わったメニューと捉えらえます。

 次に「第3の消費文化」との関わり合いを見ていきましょう。この章の冒頭から見てきたように、多くの消費で複数の消費文化が重なり合っています。

情報消費の場合も同様に、前述の「機能的価値」のほかに「文化的価値」も実現しています。パソコンやスマホが機能的な便利さを実現した反面、しばしば娯楽的なコンテンツの消費にも用いられています。

 情報革命が「第3の消費文化」に与えた影響として、ポイントを整理します。

  • 新しいタイプの「文化的消費」を数多く生み出した
  • 一般人も情報の発信源になった(多方向性)
  • 細切れの情報を短時間で享受できるようになった
  • 文化的消費を促進させる情報(SNSや口コミなど)が豊富になった

最初に指摘されたポイントとして、情報革命が20世紀以降に多くの「文化的消費」を生み出したことが挙げられています。
新しいコンテンツとしても、電子書籍, 音楽や映画, ブログ記事, 画像や動画投稿などなど …数え上げるとキリがないぐらいです。

そして、上記のコンテンツは旧来のメディア側の一方行に止まらず、一般人からの発信を含めた多方向的になった事も注目すべきポイントとなります。

 これまで見てきた通り、情報革命も複数の消費文化が重なり合っています。その影響は「第1の消費文化」にも「第3の消費文化」にもおよび、目が向きやすかった消費者の機能的価値の実現と同時に、文化的価値の実現も促進していました。

消費者のパソコンやスマホの使用は、SNS, 動画, 友人とのコミュニケーションや消費のための情報を集めるなど、実用的でない目的での利用が多くなりました。それは力点が移行している「消費社会」の変容と軌を一にしています。

情報消費については、今後も「第3の消費文化」としての側面に注目していく必要があるでしょう。

まとめ

 ここまで放送大学2019年度開設科目「経済社会を考える」の前半部分である、『消費社会論』パートをまとめてみました。

… 最後のこのコーナーは、個人的なまとめと感想となります。私なりの学習の成果物として、一枚の図にまとめてみたのでご覧ください。

☆「消費社会」の重層的な三つの段階
☆「消費社会」の重層的な三つの段階
※クリックで拡大

※こちらの図はテキスト第7章 P.116の表7-1に、私が改変して追記を加えたものです。


 上部に表示した「消費社会」の定義と三つの要素からにゅーっと伸びた左側の矢印が、右側の「消費社会の第1段階」から「消費社会の第3段階」にかかっています。本書の定義する「消費社会」が、定義と三つの要素を内包しながら、各段階へと重層的に変容していることを表しています。

各段階の表には、「日本でのおおよそ時期」「消費社会の段階」「重視する価値 / 主たる消費文化」「各消費文化の中心」を配置しました。

 … 実は、私がこの表を作成した動機は、第7章だけではなく全編で問題視されていた「消費社会の第2段階」についての注意喚起をしたかった為なんですね。「消費社会の第2段階」の箇所に、大きく「はっきりしない」と明記してありますが、こちらは元々の表にも記載されている文言です。笑

加えて赤文字の「はっきりしない」から、赤矢印を伸ばしました。赤矢印の先には例の「単純で先入観に捉われて偏った「消費社会」イメージ」があります。
(もちろん、この第7章で間々田先生が批判されていた件ですね。)

日本でボードリヤールの「記号的消費」が大きく注目された時期、識者の多くは「消費社会」を見誤ってしまいました。年月が経過して「消費社会」が変容すると、この見方は整合性の取れない考え方 …として講義内で明らかにされています。

その事を踏まえて、「第2の消費文化」からの矢印を「単純で先入観に捉われて偏った「消費社会」イメージ」に向けました。
… この問題について、注意喚起としての表現をしてみた次第です。

 あと「各消費文化の中心」欄にて、右側に色のうすい円を3段階の全てに配置しておきました。これは将来的に「消費社会の第4段階」が現われたら、「第4の消費文化」に力点が移動する可能性があるからです。

これまでの傾向を見ると、前の段階にも必ずその萌芽は見られています。ゆくゆくはこの円が重要な意味を持つようになるかも?しれませんね。



 私が初めて定番テキスト「消費社会論(有斐閣)」に触れた際、ボードリヤールの「記号的消費」等に批判的な記述を見つけてうれしく思った事を思い出します。

… 確かに、センセーショナルで知的興奮が得られる思考体系だとは思います。しかしながら「消費社会」も変容した現在では、もう現実にそぐわないような違和感が拭えません。

外来のヴェブレンやボードリヤールの思想をひけらかす「みせびらかしの消費」「記号的消費」を体現していたのか!って冗談も言いたくなりますね。
(1980年代は日本全体が浮足立ってた時代に思えます。)
 

 とはいえ、人類が初めて経験する豊かな「消費社会」を到達した後の「試行錯誤の時期」です。その背景を考えると、当時の識者や繰り広げられた議論が、全く無意味だったとは思いません。

重層的に変容を繰り返すのが「消費社会」の性質だと考えると、「部分最適」な思考体系はいずれ破綻するという教訓を残してくれたからです。


このブログの趣旨から言うと、この時代は「買い手」としての「消費社会」が変容しつつも、80年代の伝説のセゾン文化のような「売り手」もアレコレ考えて変容しています。ホントこの関係性って面白いので、今後も注目していきたいと思います。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!