こんにちは、ヤツです。私が提唱している『王道と覇道』というモデルについて、これまで何度か見解を述べてきました。
一連の「②売り手(日本の商道徳)」カテゴリーに関する考察もひと段落ついたので、ここで総括的にまとめたいと思います。
この記事の目次
『王道と覇道』モデルとは
この記事から読み始めた、あるいは『王道と覇道』ってなんだ?という方がほとんどなはずです。
私のライフワークとして、「売り手は何をしても良いのか?その線引きは?(※もちろん犯罪は別ですよ)」という根源的なテーマがあり、そのツールとして『王道と覇道』モデルに着目しました。先ずは、このモデルの全体像を掴んでいただけるよう、図解で説明したいと思います。
最新・調整版『王道と覇道』モデル(2025年5月)
下記が『王道と覇道』モデルの図解です。江戸時代から伝わる「日本の商道徳」を現代の「売り方」として応用できるよう、なるべくシンプルにと作図したものです。

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向かって左側の『王道』側から詳しく見ていきます。
『王道』を示す温かみのある色の円と共に、笑顔の商人イラストを配置。円の下には、関連する5項目のキーワードを並べました。
- 『王道(おうどう)』の5項目
- ① 徳や仁
- ② (を)尊ぶ
- ③ 相手の都合から
- ④ 三方よし
- ➄ 善悪で判断
この5項目は、私が「日本の商道徳」を掘り下げた結果、特に重要だと感じた要素です(過去記事:改めて「日本の商人史」にじっくりと向き合った後に、少しだけ調整を加えました。)
「日本の商道徳」は、中国の聖人である孔子(こうし)や、それに次ぐ亜聖の孟子(もうし)の思想から大きな影響を受けてきました。

(出典:国立故宮博物院)
実はこの『王道と覇道』モデルも、書物「孟子」の一節から着想を得たものです。

(出典:国立故宮博物院)
それでは、亜聖・孟子が実際に『王道と覇道』について語った箇所を見てみましょう。
◆ 孟子が示す『王道と覇道』
書下し文:
「力を以って仁を仮る者は覇たり。(中略)徳を以って仁を行う者は王たり。」
訳文:
「表面だけは仁政にかこつけながら、ほんとうは武力で威圧するのが覇者である。(中略)
身に着けた徳により仁政を行うのが王者である。」
出典:『孟子(上) 小林勝人訳注』岩波文庫(公孫丑章句上 / 3-3 より)
上記の政治姿勢について述べた箇所を、後世の人々が『王道と覇道』へと商い向けに転用しました。
『王道(王者)』を示す訳文の中に、「身に着けた徳により仁政を行う」とありますね。さらに、この文をよく見てみると、私が先に挙げたキーワード「① 徳や仁」というキーワードが隠れています。
… ここで正直に言うと、私がこの言葉をチョイスしていたのは、全くの偶然です。笑 後に書物「孟子」の該当箇所を目にして、「ええっ?!」と我ながら驚いたというのが事の顛末となります。
まぁ、ここまで何度か書物「孟子」を読んでいるうちに、それっぽい言葉として記憶していたかもしれませんね。とはいえ、ちょっと何か不思議な感覚です。
さてさて、『王道』の5項目で最も重要なのは、アンダーラインを引いた「③ 相手の都合から」です。野球の打線で例えると、チームの顔である四番バッターのような重要な役割を担っています。
以前から「日本の商道徳」のエッセンスを、現代の誰にでも通じる平易なひと言で表現できないかな~と、色々思案してきました。前述の孔子や孟子の教えである「儒教(じゅきょう)」には、「先義後利(せんぎこうり)」という教えがあり、意味としては「自分の利よりも義を優先すれば、利は後からついてくる」という考え方です。
… それらも加味して、やっと「日本の商道徳」を集約する事ができたかな?と、自分なりに納得しています。
これまで見てきた、①②③の「儒教(孔子と孟子の教え)」を経由して、続いて④➄は「日本の商道徳」が由来の言葉となります。
先ずは皆さんよくご存知の、④「三方よし」です。

(東近江市宮荘町)
こちらは、近江商人の心得「売り手よし、買い手よし、世間よし」として知られていますが、実は1990年代前後に研究者から広まった表現です。現在でも「日本の商人道」を表す言葉として認知度も高く、『王道』の項目に加えるのが、ふさわしいと判断しました。
続いての➄「善悪で判断」は、戦後の日本の商業指導者として活躍した、倉本長治(くらもとちょうじ)の言葉からです。

(出典:商業界)
倉本長治は、戦後に「日本の商業を本道に立ち戻す」という強い使命感を持ち、雑誌「商業界」を立ち上げた人物です。当時は不誠実なヤミ売買が横行している状況で、視察した各地で実際に目の当たりにした倉本長治は「商人である前に、よき人間であれ」という境地に達しました。
その思想はのちに、商業界精神「店は客のためにある」を経て、規範である「商売十訓」が成立します。最初の訓は「一、 損得より先きに善悪を考えよう」です。
… この訓が➄「善悪で判断」の出典であり、選定の背景となります。
倉本長治は「日本の商業史」においても偉大な人物です。『王道』の最後の項目としてふさわく、まさに適任と言えるでしょう。
先に現れる『覇道』が「人間の本質」?
次に『覇道』側の説明に入ります。そもそも、この『王道と覇道』は、最初から並び立っているわけではありません。
実は『覇道』が先に現れるという原則があります。

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これがなぜかと言うと、『覇道』は「人間の本質」そのものだからと考えます。
- 『覇道(はどう)』の5項目
- ① 打算や欲望
- ② (で)奪う
- ③ 自分の都合のみ
- ④ 自分だけよし
- ➄ 損得が全て
昔の時代劇に出てきた利己的な悪徳商人を思い浮かべてください。常に表層的な笑みを浮かべて、何かと悪だくみをしている… というイメージですよね。
実際の江戸時代でも、特権に頼った御用商人(豪商や豪奢で知られた紀文や奈良茂)が没落すると、変わって「新しい商人像(まっとうな商いで大成する三井家や鴻池家など)」が頭角を現します。歴史的に見ても『覇道』側の商人が力を付け過ぎると、『王道』側へゆり戻す力が働きました。
『覇道』を示す暗い色の円には、そんな悪徳商人のイメージを重ねました。円の下には、先ほどの『王道』のキーワードの意味を反転させ、対比にしています。
… そして、私のライフワーク、「売り手は何をしても良いのか?その線引きは?」という問いに対しても、「儒教(孔孟の教え)」という古の教えで線を引けば、この『王道と覇道』として明確に整理できると思い至りました。
『覇道』は全て『王道』に置き換わる?
しかしながら、「『覇道』は全て『王道』に置き換わる(勧善懲悪のハッピーエンド)」のが、着地点なのか?という疑問も浮かびますよね。
私は(意外かもしれませんが)、「それは理想的ではあるが、現実・実務的では無い」という立場を取ります。
なぜかと言うと、前述したように『覇道』が現れた後に『王道』側へゆり戻す力が働きます。その後は全て『王道』になるのか?と言ったら、そうはならないと思います。それはあまりに不自然な状態だと言わざるを得ません。
… それは「人間の本質」的な姿が、『王道』側ではなく、そもそも『覇道』側にあると考えるからです。
『覇道』側の「自分の都合のみ」しか考えずに「損得が全て」と、「打算や欲望」で奪い去ろうとする姿勢も、どこまでも人間臭く、私たちの避けがたい一面としても捉えられます。
もちろん、『王道』の境地は理想ですよ。しかし「打算や欲望」に流れがちな人間が目指すべき境地… としても良いのではないでしょうか?
逆に、「私〇〇は『王道』側の人間です!私に「打算や欲望」など、邪(よこしま)な気持ちは一切ありません!!」って人がもしいたら、私は「ホントに~?」って言いながら、顔をのぞき込んでしまうと思います。笑 私の感覚ですが、ちょっと自然な感じとは受け取れないですね。
「大商人の手本」による『王道と覇道』の見解
ではこの『王道と覇道』、現実・実務的にどう落とし込んだら良いのでしょう?
… そのヒントを、井原西鶴(江戸時代:浮世草子の大作者)に「大商人の手本」とまで絶賛された、あの三井家に求めてみます。記録によると、三井家の開祖・三井高利は、1673年に呉服店「三井越後屋呉服店(越後屋)」を開店したとあります。
そうです、現在の「日本橋三越本店」さんですね。三井高利は、革新的な呉服の販売手法として「現金(安売り)掛け値なし」や「正札販売」「切り売り」「店前売り」などを編み出した、まさに大商人の手本であります。

(墨田区横網)
豪商になった三井家は、没落した商家の数々の実例を「町人考見録(ちょうにんこうけんろく)」としてまとめ、これを戒めとしました。二代・高平が語り、三代・高房が記したこの書(1728年~1733年の間に成立)は、非常に貴重な史料として知られています。
ここで注目すべきは、五十もの実例が挙げられた本書の巻末「跋(ばつ:あとがき)」で言及された、こちらの一文となります。
◆ 「大商人の手本」による『王道と覇道』の見解
『天下を治めるのに王道と覇道がある。王者は戦いを好まず、自分のためにではなく、ひたすら天下のため人のために政治をする。それが王道である。
覇者は仁義を表面にかかげるが、自分の家のため自分のために政治をする。それが覇道である。昔から名将・智将といわれるのは覇道の人と知るがよい。
一日でも仁義を忘れるのは人の道ではない。そうかといって計算なしに慈悲が深すぎるのもまた愚かなことである。商人は仁義を守り、商人は将軍が兵卒に情をかけるように、商売に利益があるように心がけるべきである。』
出典:『町人考見録 原本現代語訳』教育社(「跋」より)
これは机上の空論ではなく、大商人「三井家の三代・高房」が、巻末に記したことばなので重みが違いますね。現実・実務的にも、『王道』のみでは難しいことが言及されていました。
特に「計算なしに慈悲が深すぎるのもまた愚かなことである。」という箇所は、『王道』側の弱点とも言えるはずです。
最後に『王道と覇道』モデルに戻って、整理してみましょう。「町人考見録」にて、『王道』『覇道』のどちらかでは、現実・実務的にそぐわないことが示されました。
では、現在で言う「セールス」、昔で言うところの「商い」は、『王道と覇道』モデルでどのように表現されるべきでしょうか?
… 私は、二つの円(ベン図)の重なり部分が、「セールス」「商い」だと結論付けます。

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この重なり部分を、江戸時代の商人の文脈で表現すると「知恵」や「才覚」となります。「大商人の手本」と言われた前述の三井越後屋呉服店(越後屋)や、2025年NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の主人公・蔦屋重三郎などが想起されますね。
『王道』の下には、重要キーワード「相手の都合から」を残し、こちらにも江戸時代の多くの商家が家訓に残し大事にした「正直・勤勉」「質素・倹約」という叡智を併記しました。
また、かつて『覇道』的な商いで栄えた御用商人の中には、過度な「打算・欲望」や「悪徳・不正」によって、没落の道を辿った者も少なくありません。結局のところ、「自分の都合のみ」だった商人の末路と言えましょう。
… このように『王道と覇道』モデルは、日本の商人の系譜にも通底している事を示しました。
今回の「ヤツの見解」まとめ

私が誰もがはまる落とし穴では?と感じているのが、「『王道』と『覇道』のどちらか側の選択」と思い込んでしまう、という事です。
例えば、『王道』側として「日本の商道徳」的な考えに触れると、『覇道』的な悪徳商法や拝金主義者を忌み嫌うようになります。理想としてはそれで良いのですが、私自身もこの「日本の商道徳」を実際にどう活かせば良いのか?という段階になった時点で、何かが引っかかって前に進まなくなった経緯があります。
その原因として考えられるのは、『王道』側のみでは生身の人間から遠ざかって行く… という感覚からでは無いでしょうか。
「グリーンウォッシュ」という言葉をご存知でしょうか。これは、実態なんか伴わないのに「環境・地球に優しい」と印象付けようとする、まさに『覇道』的なマーケティング手法です。前述の「町人考見録」でも「覇者は仁義を表面にかかげる」と指摘されていた、まさにそれです。
… この例と同じように、今では「商人道ウォッシュ」も散見されるようになりました。そんな人達の姿を見ているうちに、「まるで自分が聖人君子になったような振る舞い」も『覇道』的に感じてきたのが正直なところです。
私のブログの左上もご覧ください。『「物やサービスを売り買いする人々」の営みや文化に興味津々のブログです』と、副題が表記してあります。何かを売ったり買ったりする行為って、現代の「人間の営みそのもの」が見え隠れするので、私自身いつまでも興味が尽きません。
そんな複雑で面白い現代人を、紋切り型で「『王道』『覇道』のどちらか側にしかならない」と二分するのは、流石にちょっと無理があるでしょうよ。人間はそんなに単純でないから、また面白いのです。
… そう考えると、先ほどの『王道』『覇道』の重なり部分(商い, セールス)も、単純な2分割にはならないと思いません?私の比率イメージとしては 7:3 や 8:2 辺りですが、その時・その日・その週・その月・その年~で、気持ちがゆらぎつつバランスを取るから、比率は固定されないでしょう。(もしかしたら、魔が差して 3:7 となる瞬間だってあるかも知れません。)
あと『覇道』には、こんな一面も含まれていると思います。
ま夜中で車も通っていない状況で、赤信号の道路を横切ってしまった… って、こんな軽犯罪?的な感覚です。これは、なかなか「聖人君子」には至れない、私たち人間の避けがたい・愛すべき一面でしょう。実は『王道』と『覇道』で単純に2分割できない理由は、ここかも知れません。
前述したように、『王道と覇道』モデルは、先に『覇道』が現れ、それを見かねた『王道』側が揺り戻して(人間の奥ゆかしい)バランスを取る傾向にあります。
そして、この『王道(日本の商人道)』を理想で終わらせず、もう少し先に進める(現実・実務的にする)なら、『覇道』を認めて『王道』と共に包括しよう!というのが私の結論となります。